1999年
仲田 光成(なかた こうせい)
 近代仮名書道の第一人者である尾上柴舟の高弟であり、若くして古典を究め、鋭い線条による空間構成で独自の大字仮名を確立しました。
 また、平安古筆を基礎に、現在の美意識で表現した典雅な細字作品においても、「仲田流」と称され一時代を画しました。
 2003年7月、満104歳で逝去。
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略年譜
1899年   兵庫県城崎郡中竹野村(現・豊岡市竹野町)に生まれる。
1914年   竹野尋常高等小学校高等科卒業。
1917年   兵庫県立農学校(現・兵庫県立農業高等学校)卒業。城崎郡役所に奉職。
1918年   畠中菊治の長女露子と結婚。
1919年   同郷の先輩 木崎為之先生(当時女子学習院教授)の推薦により、女子学習院に奉職。
1920年   宮内省書記を拝命。書記として女子学習院出仕。
1922年   女子学習院へ講師として出講された尾上柴舟先生に出会い師事する。
1924年   文部省、泰東書道院共催の書道講習会受講終了。第68回日本美術協会展に初出品、入選。
1931年   宮内省皇后宮職女子職員(女官)のための書道講師を拝命。1944年2月まで努める。
1946年   学習院講師を拝命。
1948年   女子学習院廃止。私立学校として再出発する。同院助教授に任じられる。
        徳川義親侯爵邸に仮住まいの中に「目白会」を創設。いち早く、大字仮名の研究を始める。
        第1回毎日書道展に無鑑査作家として出品。
1951年   (財)日本書道教育学会(初代会長尾上柴舟)発足と同時に、筆頭副会長として参画。1969年退会。
        (財)日本書道美術院に招かれ理事として参画。1976年退会。
1963年   (財)日本書写技能検定協会理事・評議員となり、書写検定試験問題作成委員、中央審査員を1993年まで努める。
1954年   学習院教授に任じられる。
1964年   常陸宮妃殿下のお后教育を担当。継続して10年間お稽古を担当。
1965年   皇后陛下が皇太子妃当時、月並歌会の短冊手本を20年間揮毫する。
1969年   学習院を70歳で定年退職。
1970年   あきつ会を創設。