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植村直己冒険館
お問合せ:boukenkan@
city.toyooka.lg.jp
〒669-5391
兵庫県豊岡市日高町伊府785
TEL:0796-44-1515 FAX:0796-44-1514
 




 このコーナーでは、旅の途中、当館にお立ち寄りいただいた皆さんを紹介しています。

      全国を旅するみなさん、冒険館でひと休みしていきませんか・・・。


2010年(平成22年)




12月17日
11月22日
11月21日

11月18日
11月16日(2)
11月16日(1)
11月3日(2)
11月3日(1)

  


10月25日
10月22日
10月16日
10月7日

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7月27日



6月27日

6月17日
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6月1日
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                最近のチャレンジャー
 



登山とともに歩んだ人生
平成22年12月17日
 今日、冒険館に来館されたチャレンジャーは養父市八鹿町在住の“米田 義輝”さん(60歳)です。
米田さんは、今年5月30日〜6月18日(20日間)をかけて植村直己も登ったアラスカのマッキンリーに仲間5人と共に登頂をされました。今年のマッキンリー登頂者の最高年齢も仲間の方が樹立されたそうです。マッキンリーの素晴らしさを語る米田さんは、目がキラキラと輝いていました。
 実は米田さんは、今回のマッキンリー登頂に向けてある使命を実行されました。それは植村直己の兄である植村修さんから“米”を預かって登られました。それは修さんから直己に米を届けて欲しいという思いだったそうです。米田さんは頂上で植村直己に向けて米を撒かれたそうです。兄の思いが弟に伝わった瞬間でした。
 米田さんの登山歴は20歳の時に入会した“関西登高会”に始まります。最初は南アルプスを中心に登られていましたが28歳で海外初登山、30歳の時にはガッシャーブルムにも登頂されました。日本の百名山にも70座くらい登られています。米田さんに登山の魅力を尋ねると、自分の足だけで視界が開け、山の自然・景色を十分に満喫できること、そして一歩づつ歩んで頂上に立てた達成感が楽しく、忘れられないと言われます。そして一番心に響いたのは、“好きなことを一つでもできる幸せ”“仲間との絆”と言われたことでした。深い絆で結ばれた仲間と歩んできた登山はとても素晴らしいように思いました。
 これからの夢を尋ねるとヨーロッパ、特にマッターホルンに登りたいということでした。本当に山が好きな米田さん。これからも、一歩一歩、歩みを進め自分の夢を叶えてください。そして、またぜひ山の話を聞かせてください。(N.S)
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人々の優しさをザックに詰め込んで…
平成22年11月22日
 今日、冒険館に来館された旅人はooyamadoriさん(27歳:東京都)です。大きなリュックに長く伸びた髭。まさしく旅人のイメージでした。旅のきっかけは登山を始めた事にあるそうです。自分の足で歩いただけで色々な景色を見ることができる。大きな感動だったようです。そして日本を自分の足だけで歩いたらどんな素晴らしい景色が見れるのだろうと思い、旅に出かけられたようです。思い立ったら即実行。半年でこの旅を終えることを目標に8月16日に東京を出発し北海道に到着。8月17日に宗谷岬を出発されました。登山も好きなooyamadoriさんは北海道を歩いている時に羊蹄山にも登られました。北海道から青森の大間へ渡られ太平洋側を歩き東京へ(ここで装備品を冬使用に交換)そして富士山を目指し歩き旅を続け、無事に富士登山も達成され南下し姫路へ。そこから北上し冒険館に来ていただきました。
 植村さんのことを尋ねると、登山を始めた頃にネット等で調べ、実際の装備品を見て改めてすごいと思い、また圧倒される思いがしたように言われました。そして印象に残ったのが笑顔の植村さんだと言われるooyamadoriさんの笑顔も輝いて素敵でした。
 旅の印象を尋ねると、出会った人達にとっても優しく接してもらい、温かさが身にしみたそうです。特に北海道は、本当に会う人会う人、皆優しかったと懐かしそうに語られました。人の優しさを実感できただけでも旅の大きな財産ができたようです。
 これからの夢を尋ねると、今の気持ちを忘れずに一生歩いて行きたいとおっしゃいました。本当に素晴らしい夢だと思いながら聞かせていただきました。これから冬の日本海側を南下され最終目的地の沖縄、波照間島までまだ長い旅が続きます。しっかりと一歩一歩踏みしめて素敵な出会い、景色を楽しみながら旅を続けていただきたいと思います。素敵な笑顔で最後までがんばれooyamadoriさん!(N.S)
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小刻みに…1歩1歩着実に歩む旅
平成22年11月21日
 今日、冒険館に来館された旅人は、徒歩で日本一周をされている小島直生さん(大阪府)です。
 旅のきっかけは、ある事をきっかけに四国巡礼の旅に出かけたことが始まりのようです。それ以降、仕事の合間の休みを利用して月に2回程度旅に出かれられます。日本一周を目指す小島さんは、これまでに九州〜山形県辺りまでの範囲を歩かれたようです。しかし仕事をしていると時間の制約もあるのでは?と尋ねると、基本は夜中に目的地に着いて、現地を歩き、夜に大阪に帰る旅を続けられているようです。ですからただ県を歩いて通過していく旅ではなく神社、史跡、テーマパーク等を回り楽しまれているようです。なかでもお寺には早朝につき自らお経を唱え御朱印をいただかれるそうです。
 旅のエピソードでびっくりしたのは、一度、山で遭難したことがありその時、下の方をなんと熊が歩いていたそうです。歩き旅だけにそのエピソードは数知れずだと思います。
 小島さんに植村さんの印象を聞きました。本当は今回立ち寄る予定ではなかったけれど、昔、友人が植村さんの事を話していたのを思い出し、目的地にも近かったこともあり立ち寄っていただきました。感想は、ただすごいし本当に皆に好かれていたんだなとおっしゃっていました。
 ここで小島さんに旅をする時は体力の50%でと植村さんは言っていましたよと伝えました。絶対に無理はしないでくださいとお願いをしました。小島さんは、ベジタリアンだそうで、夏の旅はリンゴ1個で20〜30Km歩くと言われ、またびっくりしてしまいました。
 今回の旅は、次の目標に向かうため、あと4年ぐらいで完了していきたいとのこと。目標はあえて伏せておきます。巡礼の旅をしておられるからでしょうか、自分の旅は導きによって成り立っているのかなと優しい語り口調で言われました。
 これからも素敵な導きと出会いがあるようにと握手をして見送りました。本当に心に響く出会いでした。
ありがとう小島さん。(N.S)
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厳しい方へ〜日本海側日本縦断の旅〜
平成22年11月18日
 今日、冒険館に訪れた旅人は 福士 英人さん(沖縄県)です。爽やかでスラっとされていて少ない荷物…一見旅人には見えなかったのですが声を掛けさせていただくと自転車で日本縦断の途中でした。
 沖縄の波照間島、石垣島を一周された後の11/7に出発され、1日100Km自転車をこぎ続け10日余りで冒険館にお越しになりました。
 体力には自信があるとの事、聞けば職業は石垣でシーカヤックのインストラクターをされているとのこと。今は、師匠の八幡 暁(ヤハタサトル)さんに師事されていますが、いずれはひとり立ちしたいとのことでした。旅のきっかけを尋ねると、ほんの軽い気持ちですと言われました。実家(青森)に自転車で帰ろうと思い、師匠に相談したら背中を押されたそうです。最初は、太平洋側を考えられたようですが、師匠からそれはおもしろくない、厳しい日本海側を行けと言われ北上されてきました。
 冒険館を見学いただき、感想を尋ねると、福士さんは、植村さんの本を読んで冒険心を育んできました。憧れの植村が実際に使った装備品の数々を目の当たりにし感激しましたと。植村さんの“体力の50%は残しておく”という方法に、がむしゃらに自転車をこぎ続けることより少し余裕を持って進んでいく大切さを知ったと言われます。
 これから青森まで北上を続けられます。季節は冬に向かい厳しい条件が重なりますが旅の無事を誓い合いました。
 夢は、一人前のガイドになり自給自足の生活を送ること。目を輝かせながら語る姿に共感を覚えました。一つ一つの夢が形になり叶うことを応援し別れました。
 厳しいこの旅をやり遂げ、今の情熱をもって夢に向けて進んでください。頑張れ、福士さん!(N.S)
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歩き人、日本列島+台湾徒歩縦断の旅 あゆみさん編
平成22年11月16日A
 2006年、札幌で「歩き人ふみ」のスライドショーを
見に行ったのがきっかけでお付き合いが始まりました。
その後、2008年、あゆみさんは17年間勤めた会社を辞め、ふみさんと共に歩く決心をしました。
周囲の方は、大反対!友達からは、“終わったね〜”とまで言われたとか。しかし、あゆみさんには迷いはありませんでした。あゆみさんは、共に旅をしたいとふみさんに伝えました。ふみさんは喜んでくれると思いきや、将来のことを心配されたといいます。旅している人に心配されるなんて…説得力のない“心配”だったのでしょう。こうして二人旅となりました。

ここから二人旅編
 あゆみさんは、ふみさんがニュージーランドで使っていたバギーを譲り受け、“キウイ号”と名付けたバギーで合流、ここから『ふたり旅』が始まったのです。
 二人になっても、ふみさんの当初の旅に対する決め事は変わりませんでした。変わるどころか、あゆみさんののんびりとしたペースがピッタリと当てはまったようです。
 特に計画を立てないで、気に入ったところには何日も滞在。各地でイベントに参加するなど地元の方々と交流を持ち、畑仕事や酒蔵で杜氏の方々の手伝いをしたりと、様々な仕事を経験されています。地元の方々に受け入れられる様子は、お二人の温かな雰囲気と人柄によるものなんだと、お話を聞いていてそう感じました。 なかなか前に進めないのも納得しました。
 ケンカはしょっちゅう…しかし、歩いていると前向きな気持ちになり、怒っているのがもったいと感じてくるそうで長続きはしないそうです。素晴らしいものを見ても共感できないのは寂しいから…とお二人はおっしゃいます。
これから、日本を南下し台湾までの縦断旅は続きます。あゆみさんの初めての海外歩き旅デビューです。
どうぞこれからもお二人のペースで1歩1歩進んでください。楽しいお話を聞かせていただき本当にありがとうございました。(M.O)
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歩き人、世界旅行+日本列島+台湾徒歩縦断の旅 ふみさん編
平成22年11月16日@
 もう15年も歩き続けている旅人、児玉文暁さん(徳島県)。通称ふみさん。ふみさんは、1995年に4年間勤めた会社を退職し、夢だった徒歩での旅を始めました。
ヨーロッパを皮切りに、南アメリカ〜ニュージーランド縦断〜オーストラリア縦断〜台湾と自分の足だけで世界11,600kmを周りました。世界を見て周ったふみさんが次に選んだのは日本列島縦断。日本をゆっくり見て周ろうと決めました。そして2005年、北海道・知床を出発。
出発にあたって決めたことがいくつかありました。
● 予定を立てないこと ● テーマを決めないこと
● 決して急がないこと ● 自然に逆らわないこと   …等などです。
予定を立てないのは先の予定を立てることで貴重なチャンスをふいにしたくないためだそうです。
こんなふうに始まったこの旅。相棒はバギー。この方法も、変遷があります。初めはバックパックで、その後、馬→市販のゴルフ用カート→バギー。バギーに出会ってからはずっとこのスタイルです。相棒のバギーの名前は、“マンチータ号”。アルゼンチンでは、なんと!馬を6万円で買って馬とともに歩きました。この馬の名前が“マンチータ”。この名前を取ってバギーに名付けました。噛みつくは、逃げ出すはと騒動が耐えない馬だったそうですが、ふみさんにとっては、忘れられない馬になりました。
 歩き旅を選んだ理由…というより他の手段は考えなかったそうで、自分にとって一番旅らしく、いいスピードが徒歩だったようです。冒険というより、趣味、日常生活ですね…とふみさんは自分の旅を語ります。
冬場は、日本各地でアルバイトをしたり、これまでの旅をまとめた本のための執筆活動をしながら越冬されます。
 初めは、ひとり旅だったのですが、この後、今までの旅を大きく変える出逢いが…。 (M.O)
(上へ続く…)                               
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バンコクを基点に世界バックパックの旅
平成22年11月3日A
 小野黄門さんとご一緒に来館された中村雅高さん(29歳:東京都)。現在は、タイ・バンコク在住です。バンコクは旅の基点にちょうどいい位置にあるという理由で、5年前に移り住み世界の旅を続けています。
 高校生の時、建築家・安藤忠雄さんの講演で、バックパック旅行のエピソードを聞き、将来自分もやってみたい!と思い続け、大学に進学後、世界に飛び出しました。
19歳の時に世界一周を果たしましたが、それでもあきたらない中村さんは、それ以来、旅がライフワークとなりました。
 先にご紹介した小野黄門さんとは、シリアで出会い、度々一緒に旅をされています。中村さんにとって小野黄門さんは、尊敬する存在。お互いが刺激となり、また一緒に旅をしたいと思わせてくれるベストパートナーなのでしょう。お二人のやり取りを聞いていても、それが伝わってきます。
 中村さんは、今回2週間限りの帰国。冒険館をひたすら目指し、来てくださいました。
「植村さんは、自分にとってスーパースターです」と。英語すらしゃべれずに日本を飛び出した中村さんですが今では5ヶ国語を話します。今も植村のように日本を飛び出し、海外を旅する人々のお話を間近でワクワクして聞かせていただきました。
 これからもお二人、息の合った旅を続けてください。(M.O)
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諸国漫遊記
平成22年11月3日@
 小野黄門さん、バックパッカーの仲間内では、とっても尊敬されている存在だそうです。その方が、お連れの中村雅高さんとともに冒険館にお越しくださいました。
 ただいま、世界各国をバックパックで漫遊中〜。現在163カ国を訪問されていて、目指すは200カ国。あと40カ国を残すのみとなりました。
 20歳の頃、パキスタンとアフリカ南部縦断とキリシア横断をし、以来、諸国漫遊の旅に出るようになりました。旅の途中、治安の悪い国では、捕らえられ手錠をかけられた挙句、2度も牢獄に入れられたり、戦争に巻き込まれた経験もあるそうです。
 小野黄門さんが、日本のバックパッカーたちに尊敬されるひとつに情報ノートがあります。日本人が良く利用するホテルや各国の大使館に情報ノートを置き、各国のインフォメーションや道の良し悪し、旅のノウハウなどを書き記して足跡を残していきます。後から訪れたバックパッカーたちはそれを参考に安全な旅が続けられるのです。危ない目に合いながらも、自身が道標となって行く姿が多くの信頼を得るのでしょう。
 小野黄門さんのバイブルは、植村の『青春を山に賭けて』。控え目で心の温かい植村の心に魅かれたそうです。現地のものを食べ、その土地になじむ姿は、植村との共通点。繊細さと大胆さが同居している点も植村と似ている気がします。
 今後は、旅の資金を貯め、北朝鮮、サウジアラビアに行く予定で、200ヵ国訪問達成を目指します。
 その時のパートナーは、中村さんと決めているそうです。息のピッタリ合ったパートナーといい旅をしてください。 くれぐれも身の安全だけはしっかり確保してくださいね。(M.O)
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日本列島 スーパーカブの旅
平成22年10月25日
 10/14、静岡を出発した大石佳宏さん(43歳:静岡)。仕事を辞めたことをきっかけに旅に出る決心をされました。それまでもバイクが好きで近場をツーリングすることはあったそうですが、旅というのは今回が初めて。“阿蘇山が見たい”というのが一番にあり西へ向かいました。
 相棒に選んだのは110ccのスーパーカブ。50キロくらいがちょうどいい速度だそうです。都市部は通りたくないということもあり、日本の中心部はほとんど通らない旅となりました。、太平洋側の岬からフェリーを使い西に横断。旅の途中で出逢った方からしまなみ街道を勧められ、素晴らしい景色を見ながら尾道に到着。再び愛媛に渡り、九州へ。ここから天気が下り坂に…。一番の目的地だった阿蘇山は、残念ながら霧に包まれその姿を見ることができなかったそうです。天候の回復を待つため、大分で、床屋さんに行ったり、メンテナンスをしましたが、回復が望めそうになかったため、次回の楽しみということで雄大な阿蘇山はお預けに。旅の忘れ物として、もう一度訪れたいと…夢は次に持ち越しです。
 旅先で話しかけられるのは、もっぱら中高年のオジサンばかりでした…と大石さん。定年を迎えた男性からは、“仕事づくめの毎日を送り、リタイアした後、悶々とした生活を送っていた。こんな楽しいことがあったのか〜”と大石さんの旅の話を聞き、ハッと気付かれたそうです。
 大石さん自身も、実際旅に出て、風を切って走っていると、時間を気にしなくていい、行ってみたい所、やってみたいことを自分のペースでできるこの時が夢のようで嬉しくてしょうがないと言われます。きっと、そんなワクワク感が、見る者にも伝わるのだと思います。
 植村に出会ったのは、著書『青春を山に賭けて』。奮い立たせるものがあったと言われます。世界中のどこにいても笑顔が素敵な植村の姿はとても魅力的に映ったそうです。
 カブに積んだ荷物のケースもあちこち割れていましたが、きれいに補正がしてあり、几帳面さを感じました。旅の終わりまでどうぞ気をつけて走ってください。とつとつと話される姿、飾らないひたむきな姿勢が、植村と重なって見えました。(M.O)
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日本列島・じっくり、じっくり日本一周
平成22年10月22日
 バイクで日本一周中の旅人、真崎直樹さん(北海道)が来館されました。
 2008年4月に自宅のある北海道を出発。主に太平洋側から南下して与那国まで行き、日本海側を北上中です。ここまで、じっくり1つ1つの土地を堪能し2年半。ゴールの北海道到着は来年春の予定です。 
 “北海道には旅人がたくさんいる”とのことで、今回の旅のきっかけもその旅人たちからの話を聞いて、思い立ったそうです。また、もともとバイクが好きで旅をしてみたいとも思っていたそうです。その旅の相棒のバイクは31年前のもので、故障も多く旅の途中でも何回も修理をされています。
 また、沖縄では、交通事故に遭うという災難も経験されました。バイクがボロボロになるほどの大事故!スリップして転倒する単独事故も2回…事故の日は必ず雨だったそうで、今でも雨の日は怖いそうです。さらに、この夏の酷暑は堪えたそうです。暑いテントの中うちわで扇いでも眠れずつらかったとおっしゃいます。より自然と向き合っている実感も湧いたことでしょう。
 それでも旅がおもしろいのは、やっぱり人とのふれあいだそうです。「大荷物で旅をしていると必ず話しかけられるし、ご当地グルメや地酒も楽しみだし、その土地の神社・仏閣めぐり、登山など、本当に何でも見るし何でも経験します!」と、行動的な真崎さんです。
 植村について聞いてみました。「なまら(大変、very)すごい!!植村さんの笑顔は人をひきつけると思います。生の植村さんと話がしてみたかった」と、感激されました。 
 この後は丹後半島に向かい、北海道が雪解けの時期になるまでは本州で仕事をしながら越冬する予定。じっくり、ゆっくり、旅は続きます。(M.K)
↑フレームは、焼酎のパック。味があります。
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旅で見つけたこと、“オレは漁師になる!”
平成22年10月16日
  今年、3月に友達3人と紀伊半島一周の旅に出かけた伊藤脩さん(東京都:23歳)。友達は、紀伊半島一周で旅を終え、それぞれ帰っていったのですが、伊藤さんはそこから一人旅を始めました。
 小さい頃から知りたがりで、“なんで?なんで?”の連続だったそうです。世の中の知らないものを見てみたい…常にそんな思いがあったようで、引き続き、旅を続けたのも根っからの“知りたがり”が大いに関係しているのでしょう。
 四国を周り、鹿児島へその後北上して北海道へ。北海道では、温泉に入っていたところを地元の漁師さんに“人手が足りないから手伝って欲しい”と言われ、結局35日間コンブ漁を手伝うことに。近所でも有名な漁師さんで、手が足りないと言っては、道行く人に手伝ってもらうユニークな漁師さんだそうです。伊藤さんにはそんな面白おかしいエピソードがたくさんあります。
 自分でも人懐っこいという伊藤さん。誰にでも気軽に話しかけ、旅の途中でたくさんの人々と触れ合ってきました。植村との共通点は“人懐っこい所かな?”と伊藤さん。植村が世界各地の人々から応援してもらえたように伊藤さんも思わず応援したくなるような雰囲気があります。
 この旅が終わったあと、就職が待っています。その職業とは“漁師”。まき網漁の漁師を目指します。漁協の企業説明会に参加し、今後の勤務先を決めるそうです。さて、日本のどこが勤務地となるのでしょうか。
そういった意味でも、今回の旅は、就職地を吟味して周る旅でもあったかもしれません。
 東京に育った伊藤さんは、ごみごみした東京を飛び出したくましく生きていきたいと言われます。4月からは、新天地で漁師の修行が始まることでしょう。お話を聞かせていただいていて本当に楽しい気持ちにさせてくれる伊藤さんでした。いつの日か、今以上にたくましくなった伊藤さんに会える日を楽しみに待ちたいと思います。無事に旅を終えることを祈っています。 (M.O)
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クリハラサンに逢いたい!
 このところ、冒険館にお越しいただく旅人のみなさんから聞く“クリハラサンに紹介されて来ました”の声。
9月30日に冒険館を見学いただいたのですが、残念なことに旅をされていることに気付かなく、お話を伺うことができなかったのです。クリハラサン、すみません!
 クリハラサンこそ、旅人ネットワークのキーマンなのです。いつかもう一度冒険館にお立ち寄りいただくことを期待し、お待ちしたいと思っています。
 クリハラサン、マッテイマ〜ス!(M.O)
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心に余裕を…この旅の目標です 
平成22年10月7日
 外に、荷物を満載した自転車が!
真っ黒に日焼けした顔、そして素敵な笑顔!高田祐樹さん(34歳:栃木県)です。
 旅のきっかけは、2009年に仕事が半年間休みになり、その時を利用して自転車で東北〜北海道へ旅に出ました。
 その時、「これは、おもしろい!!」と感じ、引き続き2010年7月10日に旅に出ることを決心。ルートは、東北、北海道へ向かい前回の旅で通っていない部分を周り、途中に登山(利尻岳)もされました。その後フェリーで茨城へ。そこから、太平洋側を南下し近畿まで、そして冒険館へ。冒険館に来られた理由は、冒険賞受賞者、中西大輔さんの特別展の見て気合を入れ直すということでした。中西さんの旅の軌跡を見て、これからの夢が膨らんだことでしょう。
 1日の走行距離は、最初、150キロ走ってたそうですがむやみに距離を走っても仕方ないと途中で意識を変え、今では1日100キロ走り、目的地でみたいものを見て心に余裕を持つようにされています。まるで植村さんが50%の体力を残すと言われていたことと通ずるものがあるように思いました。
植村さんの印象を尋ねると「ただただ、すごい」と言われました。同じ冒険者、きっと感じることがあった事だと思います。
今後の予定は、四国八十八ヶ所めぐりをし、九州、沖縄を目指し、今度は本州の日本海側を北上し旅を終えられるとのこと。途中もう一度冒険館に立ち寄っていただく約束をしました。今後の夢は海外に出てみたいようです。今回の旅のなかで得た人の温かさ、優しさを財産にこの先もがんばれ!(N.S)
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見つけた!25歳までにやりたかったこと 
平成22年10月2日
石橋写真 今日の旅人は、石橋翔太さん(25歳:千葉県)です。真っ黒に日焼けした顔に真っ白な歯、とてもさわやかな青年です。
 旅のきっかけは、20歳の時、25歳までに何かをやりたい!そう強い想いを抱かれていました。そんな時、友人に自転車を勧められて千葉県を一周することに。求めていたものはこれだ!と思い、今年4月、日本一周の旅に出発されました。
 ルートは、千葉から太平洋沿いを南下し、紀伊半島〜中国地方〜四国を周り、九州へ。その後、鹿児島まで行き、フェリーで一旦東京に戻り、茨城から北海道へ。この夏は北海道を巡り、東北〜日本海側を南下し冒険館へ。1日の走行距離は、平均100キロ。宿泊は、基本、野宿ですが(道の駅等)、九州を周っていた時は、3日しか野宿することがなく、あとは出逢った人々が、泊めてくれたそうです。そういう意味でも、思い出深い九州となったようです。本当に人って優しいと実感できましたと。しかし、何もせずに泊めてもらうのは〜と思い、必ず何かの手伝い(農業等)をされたそうです。
 これから鳥取を目指します。鳥取では、北海道で出逢った旅人の方との再会が待っているそうで、きっとペダルも軽やかに鳥取に向かわれるのでしょう。
 今後、九州〜屋久島、沖縄でゴールを迎えます。その時にはきっと大きな何かを掴み、かけがえのない財石橋写真2産を手に入れられると思います。20歳の頃の夢を実現していく石橋さんです。
 最後に植村について聞いてみました。存在も全く知らなかったそうですが、今日来館して本当に良かったと。植村からきっと多くのパワーをもらえたのでしょう。石橋さんの目はしっかりと前を捉えていました。
自分の目標もしっかり持っておられます。さらなる夢の実現に向かって頑張ってください!(N.S)
(↑写真:自転車の両サイドに鹿の角が…北海道での頂き物だそうです)
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日本徒歩縦断 
平成22年9月25日
池上写真 出かけていた職員から大きな荷物を持った方を見かけたとの電話が入りました。
その後、大きな荷物を背負った池上諭さん(25歳:神奈川県)が来られました。
真っ黒に日焼けし、手にはカメラ。写真を撮りながら、徒歩で日本縦断しているとのことでした。
 北海道稚内市宗谷岬を5月25日にスタート。決定事項は沖縄県がゴールということのみ。ルートは自由気のまま〜沖縄を目指します。
 旅のきっかけは、美術大学で写真を学び、外界への興味、旅への憧れが日々増し、植村が日本縦断を約2ヶ月でやってのけたことを知り、自分も時間をかければできるのではないかと思い実行に。
 冒険館に立ち寄ることは決めておられたそうです。
 1日約30km弱を歩き、予算は1日700円〜800円で過ごします。“想いが写るような気がするんです”とフィルム写真にこだわり、今では約160本(1本36枚)を撮ったそうです。沖縄の頃には、300本になるでしょうとのことです。
 旅で一番困ったことは、北海道を歩いているときに足を痛めたこと。原因は、慣れない20キロもの荷物を背負って歩いたため。2週間くらいは痛かったそうですが完治し、また傷めないようにためにクッションのある靴に換えてからラクになったそうです。
 旅でよかったことは、声をかけてくれる人、旅をしている人、家に招いて泊めてくれる人、挨拶をしてくれる子どもたち…様々な人達とのふれあいだそうです。
 冒険館では、植村が実際に使用したものが見ることができて感動した。知ることができてよかった、植村さんが写した写真がたくさん見たいと感想を聞かせてくださいました。
 これからの夢は、世界を撮り歩きたい!だけどまずはこの旅を成功させること!!
重いリュックを背負い、雨がやんだのを見はからって出発されました。(S.Y)
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バイクで日本一周 〜 悪口を減らそう 〜 
平成22年9月21日
戸田写真 バイクで日本一周中の旅人、戸田裕介さん(24歳:愛知県)が来館されました。戸田さんは、幼い頃からバイクが好きで、いつかバイクで旅をする!というのが子どもの頃からの夢だったそうです。
 “若いうちにやりたいことをやってみたい” と決心、5月17日に自宅のある愛知県を出発されました。太平洋側を海岸線に沿って走り北海道へ。日本海側を通って豊岡に到着されました。
 バイクには、『悪口を減らそう』というメッセージが。“悪口やグチは悪い方向に連鎖する。人間、全く言わないというのはムリでも、なるべく言わないでおいたほうが幸せ”という戸田さんの信念だそうです。
 この旅のルールは、まず訪れた地の県庁所在地に行き、証明をもらうことと、家が恋しくなっても絶対に途中で帰らないことだそうです。
 やろうと決めたことは、@旅のブログをつけることA読書に励むB断食!…断食は、自分の限界まで我慢するというものでしたが、2日目には体が動かなくなってしまったそうです。そんな体験もあり、精神的にも強くなったかなとおっしゃいました。
 北海道では、友好的に地元の祭りに参加したり、大雪山系の山々にも登られました。登山時は天候が悪く、改めて自然の厳しさを知ったそうです。
 また、植村の著書『青春を山に賭けて』を読み、片道切符と4万円だけを持って飛び出した植村さんにかなり元気をもらったそうです。また『妻への手紙』にも影響を受け、色々な方にハガキを書くそうです。以前、介護の仕事に就かれていたことがあり、“どうしても閉鎖的な環境に暮らしているお年寄りに、素晴らしい景色を見せたい”と、写真を添えて送るそうです。植村さんのように心優しい戸田さんです。
 この旅は、11月後半に終わる予定。その後の目標は、“日本列島徒歩縦断”です。
「冒険館を訪れ、植村さんが徒歩縦断したと知って、また影響を受けました!」と。
ぜひ、今後も素敵な旅を続けてください。(M.K)
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Peace Run 2010 日本縦断
平成22年9月13日
高繁写真 冒険館の通路を一台のベビーカーが。宗谷岬〜ゴールは、沖縄県波照間島…3200キロの道のりを相棒のガンプ号と共に目指す高繁勝彦さん(49歳:三重県在住)です。
 今年3月まで高校の教師をされていた高繁さんですが、その挑戦の経歴がスゴイ!
 1991年 北米大陸(アメリカ合衆国)単独自転車横断
 1994年 北米大陸(アラスカ〜カナダ)単独自転車横断
 1994年 ニュージーランド一周、オーストラリア自転車横断 
 他に、京都〜東京ラン(11日間523キロ走破)、トライアスロン、マラソンetc…と常に“挑戦”と共に突き進んでこられました。
 40代最後の挑戦は、自分自身の足で日本を走りきること。1日40〜60キロを走行。相棒を、ベビーカーに選んだ理由は、キャンプ装備を持って歩くにはリヤカーかベビーカーが良いと思い、通販でアメリカ製のジョギング用バギーを購入。途中、荷物の重さでバギーが壊れ、修理をしながら、また交換をしながらここまで走り継いで来られました。
 旅は、出逢いが宝物と高繁さん。あらゆる“出逢い”に意味がある― 高繁さんのこの言葉がとても心に残りました。そして、旅は生きる力を学ぶ場でもあると。
 冒険館を訪れ、とことんやりつくした植村さんの魂の一部が体に入ったような気がする。植村さんの生き方に共通するもの、得るものが多く、チャレンジ精神を与えてもらった気がしますと話してくださいました。
残り1200キロ、この先にもたくさんの出逢いが待っていると思います。
高繁さんの挑戦にこそ“とことん…”を感じさせていただきました。ありがとうございました!どうぞ沖縄までの道のり、お気をつけて! 
おまけ:高繁さんの原動力…実は、アイスのガリガリくんだそうです。 (M.O)
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全都道府県踏破 〜世界遺産を巡る〜
平成22年7月27日
穴井写真 5月1日、福岡の自宅を自転車で出発した穴井克典さん(福岡県:37歳)。
九州一周した後、広島〜鳥取へ。屋久島に魅せられ、もう三度も訪れ、山中に3日滞在したことも。今では、屋久島の人々ともかなり顔なじみに。
 穴井さんの旅は、全都道府県を周りながら、世界遺産を巡りながら、その様子をブログとツイッター(ミニブログによるつぶやき)で配信。この後、白川郷、白神山地、知床を訪れる予定です。
 学生時代から自転車旅行に度々出かけていたという穴井さん。きっかけが面白い!高専の修学旅行で京都へ。ユニークなのが、なんと現地解散。帰りはレンタサイクルで帰るというもの。ここから穴井さんの自転車ライフが始まりました。会社通勤ももちろん自転車。この自転車を相棒に旅に出ました。
 3〜4年前、植村直己物語を見て、自分も今しかできないことをやってみたいと思い、冒険館もいつか訪ねたいと。年月が経ち、忘れかけていた場所に今回、偶然たどり着いた形となりました。
 「いつか世界を走りたい!」穴井さんの夢は広がります。今回、日本を見て周り、長期の旅行を自分は楽しめているのか…自分に問いかけながら、自分自身を試す旅でもあるそうです。
「やりたいからやる」、旅は、自分の“心持ち”であると。だから装備や行程は、人や何かのせいにしないための工夫が必要と穴井さん。
 9月末をめどに、旅は終わりを迎えます。“世界中を旅してやろう!”穴井さんの行動力と熱い想いに感動をもらいました。ありがとうございます!(M.O)
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日本1周、ステップアップの旅
平成22年6月27日
末松写真今日、来館された旅人は、末松健一郎さん(神奈川県在住:42歳)です。気温31度、湿度81%を超す猛暑の中、フリース、半パンでご来館いただき赤黒く日焼けされた姿から旅人と一目で分かり、声をかけさせていただきました。
 旅のきっかけは、「仕事をリタイアし、次のステップへ進むためにひと息ついて日本全国を見てみたいから」。
 ルートは、自宅の横浜を出発し、太平洋側を走り、瀬戸内海側から四国と九州を一周し、日本海側経由で
日本1周される途中に冒険館へ。
 なんと、末松さんのお父さんは、植村さんの大学時代の山岳部の先輩だったそうで、植村さんが実家に立ち寄った時に、小学校低学年だった末松さんは、植村さんに会ったそうです。
 その後、植村さんの著書を読み、感銘を受け、本日、実際に自分の目で本物の装備品の数々を見ることができて、感動されたとのこと。
 これからは、「自然に生きていきたい、あくまでも自分も自然体で」と優しい表情でゆめを語られました。
 今後は、京都から日本海側を北上される予定。
 出発される際に、今後の旅へのエールを送ると、黄色いオシャレな50ccのバイクにまたがり、学生時代アメリカンフットボールで鍛えた屈強な体格に反して、穏やかな笑顔でひと言。
                   『がんばりませんよ(笑)』
がんばりすぎず、そして自分らしく…。自分のペースで次の目標に向かってステップアップしてください!
                                                              (A.I)
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西日本1周自転車の旅
平成22年6月17日
高橋写真 今日、来館された旅人は、高橋敏之さんです。
旅のきっかけは、2007年の東京〜北海道自転車旅の続きをするため。
今回は、「西日本1周自転車の旅」。東京を3月に出発し、太平洋側を走り、四国と九州を1周、日本海経由で東京に戻るというルートです。
 出発時に、東京板橋の植村冒険館に立ち寄られ、7年前に一度訪れた冒険館に立ち寄ることを決められたそうです。
 当初の予定では、5月には帰れるはずでしたが、四国でお遍路をしたために予定より延びて、今になったとのこと。旅の思い出を聞かせていただくと、四国八十八箇所めぐりが一番きつかったことと、この旅でなんと体重が12kgダウンしたそうです。
これからの夢は、世界旅行かそれともビジネスでチャレンジしているか…何かに挑戦し続けることだそうです。
 明日は、京都方面へ。東京へは6月末到着予定。
「梅雨入りして、気分が落ちていたけれどここに来てモチベーションがアップしました。コース的には海岸経由と迷ったけど、こちらに立ち寄って良かった。」と言葉を残してくださいました。
明日から梅雨らしい天気になります。お気をつけて。(S.Y)
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“ふれあい”が縁で冒険館へ
平成22年6月14日(2)
山口写真 今日来館された旅人は、山口直也さん(東京都:23歳)です。
自転車を利用して日本を巡る旅の途中で立ち寄っていただきました。
 旅のきっかけは、人と触れ合う旅がしたいと、アルバイトで貯めたお金を元に旅に出られました。東京を4/1に出発し太平洋側から九州へ。熊本〜大分を回り、山口から日本海側を北上されました。1日、10人に声をかけることを目標にいろんな人と出会われました。
 その中の一人が、出雲大社で知り合った徳永さん(4/7来館コチラ)に冒険館を紹介され、来館してくださいました。
 ふれあいのエピソードは…宿泊は、基本、バス停・神社などで野宿ですが、姫路で小豆島在住の男性に、知り合い、自宅に1週間泊めてもらいいろんなことを語り合ったそうです。
 旅の途中、励ましの声をもらったり、時には差し入れもいただき、また気軽に、“泊まって行ったら…”と声をかけてくださる方もいて、九州では4家族の家にお世話になったそうです。
 都会の生活だけでは味わうことのできない本当の人の温かさを知りました。
“僕の一生の財産です”と。
 冒険館に来て植村さんの温かい人柄を知ったという山口さんは、雨の中、来館してくださった時より、とても笑顔で冒険館を出発されました。
 これから東京まで厳しい道のりですが、今までの経験を生かして一回り大きな人間にと約束して別れました。 がんばれ山口さん!(N.S)
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“今!”やりたいこと
平成22年6月14日(1)
長野写真 今日、来館された旅人は、長野 元(ながの もと)さん(26歳:京都在住)です。
自転車を利用し、日本一周の旅の途中に立ち寄っていただきました。
 旅のきっかけは、自分のやりたい旅を、“今!”やりたいと仕事を辞めて旅に出られました。旅の始まりは、四国八十八ヵ所巡りを徒歩で2ヶ月かけて行いました。
 次は自転車で日本一周です。自転車で京都を出発し、1日80kmをこぎながら日本海側を北上し北海道へ。そして太平洋側南下し四国〜九州〜沖縄へ。沖縄では、島々を巡り、与那国島では、2ヶ月間サトウキビ畑でアルバイトも経験しました。そして九州を熊本〜長崎と渡り山口から日本海側を経て冒険館へ。旅はもう間もなく終わりになります。
 旅の中で、二つの発見をされたそうです。一つ目は、“人の温かさ”です。旅の途中に励ましの言葉、差し入れ、民泊等、普段、生活をしていたら感じられないことをたくさん経験でき、旅の中の宝物だとおっしゃいます。
 二つ目は、こんなにもたくさんの人々が旅をしているのか、ということです。暗いニュースが多い中、同じように旅をしている人々と語り合うと、みなさん本当にいい人達ばかりで、暗い世の中など微塵も感じなかったと。
 次の目標を尋ねると、世界一周を控え目に語る長野さん。しかし目にはしっかりと先を見据えた感じが伝わってきました。
 日本一周、1年2カ月の中で、多くの喜び、体験をされたと思います。夢をあきらめず目標に向かってガンバレ、長野さん!(N.S)
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秋田→博多、再出発の旅
平成22年6月7日
徳永写真 今日来館された旅人は、徳永純二さん(59歳)です。
自転車を利用し、10年計画で日本一周の旅を続けられています。 今回の旅は、5月29日に自宅のある秋田を出発し、博多までの旅でその途中に立ち寄っていただきました。
 旅を始めたきっかけは、体調を崩したところから始まります。若い頃は、ヒッチハイクをしながらヨーロッパ、アフリカ、東南アジアなどを旅をされていた徳永さんでしたが、体調を崩してからは、旅を中断。しかし、病院の先生から、歩くなどの運動を勧められ、一念発起し自転車での日本一周の旅に出ることに。
旅に出る準備として、1日、30km〜100kmの自転車走行のトレーニングを積まれたそうです。
 こうして旅に出られた徳永さんですが、旅の醍醐味について聞いてみました。行動をすることによって自分だけが味わえる時間が持てること。雑誌などを見ても、思い浮かべることはできるが、体験していないことは語ることができないと。一見、豪快な感じがする徳永さんですが出てくる言葉からはなんともいえない優しさがうかがえました。 
 植村さんは、同じ時代を生きてきた人。懐かしい感じがしますと徳永さん。一度は会いたかったですと植村さんを懐かしんでいらっしゃいました。
これからの旅の安全と日本一周の達成にエールを送り、見送りました。頑張ってください、徳永さん。(N.S)
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ギター旅人がゆく
平成22年6月1日
田所写真 自転車で日本一周中の旅人が来館されました。田所海人さん(21歳)です。田所さんは、以前から旅人コーナーに紹介している前林裕也さん(25歳:コチラ)と山口県萩市で出会い、冒険館を紹介され、ルートを変更して冒険館へお越しくださいました。旅人が旅人を連れてきてくださることは、本当に嬉しく、素敵なことです!
 さて、田所さんの今回の旅のきっかけは…『気分』としか言いようがないと言った所のようです。
 もともと車とバイクが好きで、かなりのスピード狂(!?)だとか。自転車旅の良いところもまた、そのスピードだそうです。
 人との出会いが何よりもこの旅での財産だとおっしゃいます。テントも持たずに出発した田所さんでしたが、「これからの季節、虫も出てくるしテントはあった方がいいよ」と、中古のテントと一緒にお弁当をもらったというエピソードを聞かせていただきました。
 旅の相棒は、ギター。まだまだ駆け出しだそうですが、根っからの負けず嫌いが手伝って、弾いてみたい曲は、弾けるようになるまでとことんやってみるそうです。そうやってステップアップをしていくようです。負けず嫌いという点では、植村さんと共通点を感じるそうです。
 前向きな田所さんの今後の夢は…?「やってみたいと思ったら行動するので、ある意味で夢は叶ってきた。だから夢を増やしていくことが夢です」とたくましい言葉に元気をもらいました。
 これから夏の北海道を目指して、日本海側を北上します!(M.K)
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轍(わだち)で日本地図を作っちゃえ!
平成22年4月27日
荒木写真 4月26日、ゴールデンウィークを前に鳥取方面に誘客活動に行ってきました。鳥取の海岸線に出ようと車を走らすと前方から自転車に荷物を積んだ自転車とすれ違いました。その瞬間、「旅人だ!」と急いでUターンして追いつき、お話を伺いました。千葉県を出発し、自転車で日本一周を目指し走行中の旅人でした。パンフレットをお渡しし、ぜひ冒険館に立ち寄ってほしいとお願いして別れました。
 次の日、出勤してみると駐車場でパンク修理をされている昨日会った旅人の方が!!
嬉しかったですね〜! 入館していただきお話を伺いました。
千葉県を09年7月27日に出発し、自転車で日本一周されている荒木康宏さん。きっかけは“思いつき”とおっしゃいましたが、“ひらめき☆”に近いものだったのではないでしょうか。手段として自転車を選びました。
和歌山〜四国〜瀬戸内〜九州〜屋久島へ。屋久島で23歳の誕生日を迎えられました。その日は快晴で、縄文杉が誕生日を祝ってくれたかのようでした。走っているうちに、自転車の轍(わだち)で日本地図を作っちゃえ!と思い、国道・県道関係なく海岸線を進むことに。
沖縄では、あまりの居心地の良さに1ヶ月滞在、ここで次の旅パートナーとなる方との出逢いがあり、浮かび上がってきた計画は『アメリカ横断』。
 これから北海道を目指しひたすら北上の予定です。
今まで人見知りだったはずなのに、旅をするうちに人恋しさを覚え、人と触れ合うことに喜びを感じるようになったと言われます。旅で得た大きな収穫を糧に、次なる目標、アメリカへの夢を膨らませながら前進してください。
鳥取での突撃誘客にも関わらず、約束どおりに来ていただきお話をきかせていただき心から感謝しています!  (M.0)
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自転車&登山で日本一周
平成22年4月1日
長野写真 3月初め、日本一周を目指し大阪を出発した中野恭平さん(24歳)。
和歌山を回り、伊吹山(1377m)へ。この旅の目的のひとつに登山があります。北海道では、大雪山、また南アルプスの山々を登る予定で、自転車には登山靴が入ったザックも積んであります。
 少年時代から自転車が大好きだった中野さんは、旅に出る直前まで、会社等の書類を運ぶ自転車便・メッセンジャーという仕事をされていました。日々、自転車で街を走るうちに、日本、そして世界という大きなフィールドを走りたいという夢が湧き上がりました。
 また、中野さんのお父さんは写真家で、日本を歩いて旅をされた経験があり、海外へも度々出かけられているようで、中野さんの旅への一歩は、もしかしたらDNAの力もあるのかもしれません。今回の旅に欠かせないテントとシュラフは、お父さんが使っていたもの、お父さんの夢の足跡を息子さんがたどられているような、素敵なお話を聞かせていただきました。
冒険館で植村さんの温かさに触れることができたという中野さん。これから先の旅で、植村さんのような温かく優しい人々とのめぐりあいがきっと待っているでしょう。
これから、北陸〜北海道へと日本列島を北上していく予定です。
旅は始まったばかり、今の想いを持ち続けて、走り抜いてください!(M.0)
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原動力は、人々の温かさ
平成22年3月27日
高橋写真 今日訪れた旅人は、真っ黒に日焼けした高橋遼宇さん(20歳)。
自転車で鹿児島〜長野を回り群馬を目指す旅です。行程は約2000km。3月14日に鹿児島を出発、わずか2週間で冒険館に到着したことを聞き、あまりの速さにビックリしました。それもそのはず、1日の走行距離は100キロに及んだそうです。宿泊は主にテント泊で、天候の悪い日にはネットカフェを利用するそうです。
 旅をする中で辛いことは、自分の思い通りに進めなかったり、想像と現実のギャップを感じた時。しかしその苦悩も、行く先々でいろんな人に出会い、声をかけられることが励みになり、人の温かさに触れた時は本当に嬉しいと言います。
 高橋さんは、植村の著書、『青春を山に賭けて』や『エベレストを越えて』を読み、植村さんがたくさんの人に好かれていることに感動したそうです。そう話す高橋さんの目の輝きには純粋さがあふれていました。
 これから琵琶湖〜名古屋〜長野〜群馬と長い旅が続きます。そんな高橋さんに植村さんからの言葉を伝えました。行動する時は、体力の50%を残しておくこと…前に進むことばかり気をとられてしまいがちですが
長い旅を続けるために余裕を持って進みましょうと。旅が終わった後、無事到着の連絡を頂くことを約束して見送りました。明日に向かってガンバレッ!(N.S)
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夢・モンゴルに続く道
平成22年3月26日
 四国・中国自転車の旅の途中で立ち寄ってくださった鈴木賢太郎さん(19歳:千葉県在住)。
約3時間館内を見学、帰られる直前に旅人ということがわかり、「小さい旅だから…」と謙そんされるところを旅について聞かせていただきました。
 昨夜は、駐車場の芝生で泊まられ、冒険館へ。カバンの中には、「青春を山に賭けて」が入っており、父親の書斎で偶然見つけたものだとのこと。これを読んで植村の行動力に驚き、冒険館に行きたいとの思いで今回のルートの計画を立てられました。
 自転車サークルの合宿で高知と愛媛を走り、その後、単独、冒険館を目指し冒険館へ。これからこの旅の最終地点の天橋立に行かれます。
これからの夢は、20歳になるまでに海外一人旅。特にモンゴル・ロシアに行ってみたいと。“まだまだスケールは小さいですが、これからの目標を立てて大きくしていきたい”と意気込みをのぞかせました。(S.Y)
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遙かなる場所を目指して
平成22年3月15日
斉藤写真 日本縦断歩き旅の途中に立ち寄っていただいた斉藤浩史さん(35歳:山形県在住)。1月1日に北海道・宗谷岬を出発。北海道からフェリーで青森に到着。峠を通り、秋田〜岩手と進まれました。5日分の食料を一度に準備し、総重量25sの荷物を背負って、青森〜岩手間約200kmを5日間で歩かれたそうです。4月初旬をめどに鹿児島県・佐多岬をゴールとし、旅は続きます。
 旅のきっかけは、もともとバイクで日本一周したことがあり、旅先で、徒歩で旅をしている人達に会い、「歩いて旅をするのも面白そうだ」と思ったそうです。歩くことも好きだったし、バイクの旅を終え、迷わず歩き旅を始めました。前回の旅で、初めて冒険館を訪れた時、植村さんに感銘を受け、植村さんが日本縦断したことを知り、今回の歩き旅を思いつきました。
 1月の北海道は厳しく、吹雪の中を歩いたことが今までで一番辛かったそうです。
 バイクの旅との大きな違いは、色々な人が声をかけてくれ、親切にしてくれると元気がわいてくると言われます。
 斉藤さんは、植村さん以外にも影響を受けた冒険家がいます。
“サケや渡り鳥が遙かなる生まれ故郷を目指す”ことを意味する『リーチングホーム』という全行15,000km(北極点〜愛媛県)を徒歩とカヤックで進むという壮大な冒険をしようとし、達成できぬまま命を落とした河野兵市氏です。斉藤さんは、現在歩きながら、その『リーチングホーム』のように『リーチング佐多岬』という冒険をしよう、一緒に歩こうと人々に呼びかけながら進んでいます。実際、佐多岬までは一緒に行けなくても、途中一緒に歩いてくれる方もいたようです。
ゴールした後は、海外を巡ることが夢だそうです。次の計画を立てながら、1日約40kmの道のりを進む斉藤さんです。(M.K)
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自転車の旅が教えてくれたもの
平成22年3月12日
岡嶋写真 4月から関東での就職が内定している岡嶋直人さん(25歳:大阪在住)は、関西にいるうちに思い出が作りたい…と冒険館にお越しくださいました。
今回はバスでしたが、自転車で旅をされているような雰囲気に思わず声をかけました。伺うと、やっぱり!自転車で旅をされたエピソードをお持ちでした。
 岡嶋さんは、大学生の時、家から学校まで片道2時間かけて通い、授業を受けて、時にはアルバイトをし、気が付くと大学3年生。大学生活を振り返って「何の思い出もないなぁ」と思い、思い出作りに自転車の旅を思いつきました。
 旅に選んだのは、四国八十八箇所巡りです。
今まで机に向かってする勉強ばかりだった自分…いざ自転車に乗って巡り始めると、何をしたら良いのか全く分からなかったそうです。どの道が自転車にとって一番いいルートなのか、野宿はどこでしたらいいのか、またルールがあるものなのか…困っている時に、同じ八十八箇所を巡っている人や、地元の方々にアドバイスをもらって助けられ、2週間ぐらいで巡ることができました。この助けやアドバイスがなければ達成することはできなかったとおっしゃいます。
 野宿をして暗闇に身を置いてみると、電気という“あかり”の有難さを感じました。「開発途上とされている国々の人々は、こんなに暗い中で生活しているのか」とふとそんな想いが浮かび、次は自分が、専攻している電気系の仕事に就くことで、恩返しをしたい…と考えたそうです。エンジニアとして、世界中の人々が不自由なく生活できるような手助けがしたい!これが岡嶋さんの新たな夢となりました。
次の冒険に向かって、新たな一歩を踏み出す岡嶋さんを応援しています。(M.K)
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旅の忘れ物を探して…
平成22年3月9日
山口写真 「おかえりなさい!」今回もこう言ってお迎えすることができた旅人、山口浩さん(北海道在住)。変わらないスタイルと変わらない笑顔に、感激しました!
初めて冒険館に来館されたのが、平成17年12月(コチラ)、そして1年後の平成19年1月(コチラ)。
今回は、6度目の四国八十八箇所巡礼、お遍路を終え、当初の目的でもあった奈良・東大寺の“お水取り”を見学後、各駅停車の電車に乗り継いで来ていただきました。
 冒険館への長い道のりの中で、“人生を考えるには電車の旅がいいかも…”と気付きがあったそうです。これは、自分自身の足で日本列島を歩かれてきたからこその気付きなのかもしれません。
 初めての徒歩縦断の旅では、とにかくがむしゃらに歩き、1日の達成感を味わうことなく、疲労感で一日を終えるというペースで歩かれていましたが、旅先で出会った方に、“うぐいすの鳴き声の違いがわかるか?”と問われ、周りの景色に目をやる余裕がなかったことに気付いたそうです。今では、うぐいすの声、雨の予感様々な変化を感じることができるとおっしゃいます。研ぎ澄まされた感覚は、旅での経験から身に付いたものなのでしょう。その感覚を元に、旅のアイテムは、使いやすいように手作りで改良されています。たとえば、杖はコインロッカーに入るようにばらすことができ、滑り止めが施されていました。う〜ん、なるほど旅人の知恵!ほころびはすべて自分で直します。
山口さんから旅人の皆さんへのアドバイス。『針仕事は旅人の必須』。1日1回は、荷物をザックから出し
点検とパッキングをし直すそうです。この念入りな準備とメンテこそが旅の成功につながるのだと教えられました。大変そうに見えるこの作業、実は山口さんにとっては、この時間がとにかく楽しいらしいのです。

山口写真 初めて冒険館を訪れてくださった旅の中で、忘れ物として心に残っていることがありました。植村が1971年(昭和46)に日本列島を徒歩縦断した際に、日高町の実家にも立ち寄りました。実家を後にして通過した日高の集落に『植村直己縦断の碑』が建てられています。
前々回の旅の際、山口さんは、ここに立ち寄れなかったことを、旅の忘れ物としてずっと心にしまっておられました。今回は、その“忘れ物”の確認に同行させていただきました。
この日は、かなりの量のなごり雪が降り、植村の故郷、但馬らしい気候が山口さんを迎えました。
感慨深げに碑を見つめる山口さんの姿が印象的でした。
これから山口さんは、京都を訪れ、北海道に戻られます。また次の「おかえりなさい」を言う日を楽しみにしています。山口さん、いつも元気をありがとうございます。(M.O)
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