冒険家植村直己について
植村直己冒険賞について
植村直己冒険館のご案内
イベント情報
団体予約
植村直己冒険館職員のひとりごと
掲示板
植村直己冒険館
お問合せ:boukenkan@
city.toyooka.lg.jp
〒669-5391
兵庫県豊岡市日高町伊府785
TEL:0796-44-1515 FAX:0796-44-1514
 




 このコーナーでは、旅の途中、当館にお立ち寄りいただいた皆さんを紹介しています。

      全国を旅するみなさん、冒険館でひと休みしていきませんか・・・。


2009年(平成21年)


12月22日
11月6日
10月31日
10月11日
10月1日
7月7日
7月3日
6月20日
5月29日(1)
5月29日(2)
4月13日
2月1日

   バックナンバー ⇒ 2008年2007年2006年2005年
   最近のチャレンジャー


自分探しの旅へ
平成21年12月22日
 今日訪れた旅人は、手引きのカート付きの自転車で旅する橋村直人さん(29歳)。
東京でエンジニアをしていた橋村さんは、“今しかできないことを”と自分探しの旅に出ることを決心しました。
 旅のルートは、東京〜九州、沖縄…そして台湾、中国を経て、最終目的地チベットを目指します。
旅のきっかけは、子どもの頃、母からプレゼントされた1冊の本“植村直己の地球冒険62万キロ”。何度も何度も読み返しました。この旅の根底にあるのは、植村の冒険へのあこがれ。旅の途中に冒険館に立ち寄ることを目標に、ひたすら自転車をこぎました。
 今回の旅の前に、四国八十八箇所巡りを自転車で周りました。
旅の中で感じたことは、人の優しさと温かさ。自転車で走っている時も、ガンバレ!と声をかけられたりすると、本当に嬉しくて、励みになりますと。
目指してきた冒険館に入り、ズラリと並んだ植村さんの装備品を見ると、その時々の状況が目に浮かび涙が出たそうです。何か自分とも似た人なのかなと思える部分もあったそうです。そして心に残ったことは、休むことの大切さ、次へのエネルギーを蓄えておくということでした。
 これからの道のりは長く険しいですが、焦らずゆっくりと、そして休むことの大切さを肝に銘じて旅を続けてほしいと思います。達成した時、必ず本当の自分が見つかると信じて。
その時は、もう一度冒険館に来てお話を聞かせていただくことを約束し、見送りました。
 明日に向かってガンバレ! (N.S)
上に戻る


旅人からの使者!?
平成21年11月6日
 来館されてすぐ、お客様から声をかけられました。以前、徒歩で冒険館にお越しいただき、旅人としてお話をうかがった山口浩さん(北海道在住…詳しくはコチラ)のご紹介で来られたとのことでした。
 うれしかったです!こんなふうに、旅人の方が冒険館を紹介してくださり訪ねていただけるなんて…。
村田治郎さん(横浜市在住)は、フィルム写真にこだわり、出逢った風景をカメラに納めます。
村田さんと山口さんは、以前、東京で同じ会社に勤務しておられたことがあり、かつての上司と部下の関係でした。当時、20歳の村上さんは、ひと回り違う山口さんから仕事だけではなく旅のレクチャーも受け、そして山口さんに感化され、村田さんも時間を見つけては、写真を撮る旅に出るようになりました。
 今回の旅は、山陰を巡る旅。その道標となったのが山口浩さんです。村田さんが山陰地方を旅することを聞き、北海道から色々な情報が送られてくるようで、村田さんは、“はるか北海道からリモコンで操縦されてるかのように情報が発信されて来るんです”と。その正確な細かい指示!?がかなり役立っているようです。
 博物館、美術館、道の駅、ご当地の美味しいものに至る情報は、日本列島を自らの足で歩いた山口さんならではの情報です。冒険館に行くなら〜と自分が夜を明かした冒険館近くの道の駅や、美味しいお蕎麦の店まで教えてくださったそうです。
 冒険館に展示している数々の植村の写真を見た村田さんは、“植村さんはいい時代を生きたんでしょうね…”と。植村が見たファインダー越しの世界は、村田さんの目にもとても魅力的に見えたようです。
 上司と部下から始まったお二人の関係も、時を経て、旅の目的・手段は違っても、旅を通して、また今まで以上に深い絆が出来上がっているような気がします。
 冒険館を後にされ、次の山口さんからの指令どおり?京都・福知山市に向かわれる予定です。
 これからも、村田さんの人柄があふれるような温かい写真を撮ってくださいね。 (M.O)
上に戻る


幸せのカタチ
平成21年10月31日
 大きなザックを背負って来館されたお二人、岸本和久さん・孝子さんご夫妻(札幌市在住)。北海道を10/26に出発され、白神山地をトレッキングされた後、冒険館まで電車の旅です。この旅の目的を聞いて、ビックリ!なんと“新婚旅行”だったのです。今年3月に入籍されたお二人ですが、新婚旅行に、お互いが立ち寄りたいところを出し合い、それをつないで行くという方法を選ばれました。とってもステキな新婚旅行に感激です。
冒険館は、和久さんの希望でした。最近山登りを始められたばかりのお二人…山岳の本で“植村直己”の存在を知り、植村の著書を買い求めて読まれたそうです。そしてどんどん植村の魅力に魅かれていきました。
実際の犬ゾリを間近に見て、その大きさと迫力に感激し、あらためて植村のすごさを感じました…と話してくださいました。
お互いがチョイスした場所を二人で訪れることで、お互いを理解する、とても大切な旅となったのではないでしょうか。そこに冒険館を選んでいただいたことを大変光栄に思います。ありがとうございました!
 お二人の写真は、夕日に照らされた紅葉真っ只中のユリノキの前で撮らせていただきました。
和久さん、孝子さん…末永くお幸せに! お二人に幸せのお裾分けをいただいたようでした。 (M.O)
上に戻る


山に魅せられて…まだまだ登り続けます
平成21年10月11日
 蘇武岳登山の帰りにお立ち寄りいただいた川井良一さん(左:53歳)と豊原康治郎さん(右:63歳)。ずっしりと重い大きなザックは、15kgほどありました。
 ご案内させていただきながら、山についてこちらからの質問攻めとなり、それにもかかわらず、山の魅力をたっぷりとお聞かせくださいました。お二人から聞く山の話は、大変興味深く、話を聞いているだけで、アルプスの山々の大パノラマが目に浮かんでくるようでした。
 川井さんは、30代の頃から登山を始め、今では穂高を中心に年間70日ほど山に入られます。そして、山に登る前のトレーニング登山は、欠かしません。また、過去の経験の中で、富士山の滑落事故の救助にあたられた事もあり、山の怖さに直面されただけに、本当に山を大切に登られているという印象を受けました。
 一方、豊原さんは、普段、奥様とも登山をされています。「山登りにおいて、いつも子どもに心配をかけているので、最近は、これからは平凡な山登りをしなければ…と思っていましたが植村さんが山を登っている姿に勇気付けられ難しい山にも挑戦してみたくなりました」とさらなる挑戦を語ってくださいました。
心から山を愛されているお二人です、これからも心に残る素晴らしい登山を続けてください。(M.O)
上に戻る


植村さんには負けられない!
平成21年10月1日
三重県より冒険館を目指して自転車でお越しいただいた外山稔さん(25歳)。9月28日、三重県を出発。1日100kmペースでひたすら自転車をこぎ続け、冒険館に到着。
故・星野道夫さんが大好きで、その著書の中で星野さんが語る植村さんに魅せられて“植村さんに会ってみたい”という思いを持ち続けた外山さんは、“ここに来る以上は何かチャレンジをしなければ…”ということで自転車での旅となりました。
 2006年、ニュージーランドでバックパックの旅を1年間続けた外山さんは、ここで登山を知り、自転車、旅の面白さを知りました。この雄大なニュージーランドでの経験が、外山さんの心を動かすことになります。そして帰国後、初めて自転車で沖縄1周を果たしました。それ以後、休みの合間をぬってアルプスの山々に出かけたりしながらどんどん山に魅かれている外山さんです。
外山さんには、大きな夢があります。
2年後、自転車での世界一周の旅を計画中!!壮大な夢です。そのため英語を習得するため留学を考えているそうで、夢へのプロセスを1歩1歩踏んで進んでいる感じが、外山さん全体から溢れています。
今まで一生懸命、世界一周のために資金作りを頑張ってきた外山さんですが、植村が片道切符だけを持ってアメリカに飛び出したことを知り、貯まってから出なくてもいいんだ!そこを気にする必要はないのかも…外山さんにとって大きな気付きだったそうです。
そんな植村さんをスゴイ!と言う一方で、どこかライバル視しています…と外山さん。
“植村さんには負けられない!”
きっと植村に自分を重ねて見るからこそ、大きな気付きがあったのだと思います。
『やってみたい!』がいっぱい詰まった外山さん、外山さんが見つめるその先には未来の自分がキラキラと映っているようにみえます。どうぞこれからも、沢山の山を登り、沢山の道を走り、自分の夢を確かなものにしていってほしいと思います。
いつか、富士山の頂上で再会できたら嬉しいです! (M.O)
上に戻る


涙は心のスイッチ〜500万人を泣かせる旅〜
平成21年7月7日
 今日は七夕☆
「今からでも十分見ることが出来ますか〜」大きなザックにスケッチブックを抱えて入館された米田真介さん(25歳:大阪府)。スケッチブックには、マジックで大きく“豊岡”の文字。ヒッチハイクで旅をしているとのこと。
 4/15、沖縄県竹富島を出発、日本一周を目指します。手段は、主にヒッチハイク。全国の観光地を訪れ、そこで観光客の皆さんのカメラのシャッターを押してあげるという撮影ボランティアとして日本を巡ります。そして各地での素敵な出会いを自身のホームページで紹介。夢は、この旅が終わった後、お世話になった方々、素晴らしい出逢いを一冊の本にまとめ、出版するということです。そして、『500万人を泣かせる!』という夢に向かって歩き出しました。
 もともと人間嫌いで、人と関わることが面倒だった中学・高校時代。高2の時に、あるゲームと出逢った。主人公の、生き方・考え方が、自分が理想としているものだった…“こんなふうに生きたい!”まるで心のスイッチが入ったように、想いが180度変わったと。人が好きになり、自然と感謝の気持ちが生まれてきた頃から自分が変わり始めたと話してくださいました。この出逢いが人生のターニングポイントとなったのです。
 それから以後、米田さんは、今回の旅を思い描き、温め続けてきました。
 米田さんのキーワードは、“涙”と“絆”。涙は、心のスイッチ。悲しくても、嬉しくても、辛くても、楽しくても、人は涙を流した後、必ず前に向かう力が備わってくると米田さんは言います。なんて素敵な言葉でしょう。確かにそうかもしれません。カメラのファインダーの向こう側の人々の笑顔と、シャッターを押す自分との間に生まれる空間や、旅の途中での出逢いが、人と人との強いつながりを生み出し、自分を支えると。
 米田さんは、お世話になった方に手紙でお礼の気持ちを伝えます。今回の旅は、“未来への足跡を残す旅”にしたい…そしていつかまたお礼の旅に出かけたいと、自分の熱い想いを軸として、夢がどんどん膨らんでいくようです。まるで雪だるまのように…。
 冒険館で確信したという夢へのプロセス。植村の行動のすべてが、南極へ向けてのプロセスだったことを知り、強い共感を覚えました。自分もまさに夢へのプロセスを歩んでいると…。
 この後、舞鶴港からフェリーで北海道へ。このプロジェクトの仲間と合流し、第2ステージが始まります。まだまだこれから素晴らしいシャッターチャンスが待ち受けていることでしょう。夢へのプロセスの真っ只中を行く米田さんを冒険館は心から応援しています!(M.O)
上に戻る


日本縦断+全都道府県、東西南北端、日本のへそ踏破 
平成21年7月3日
 ボボ〜ン!重低音が鳴り響き、駐車場に一台のハーレダビットソンが入ってきました。鹿児島ナンバー…。6月16日、鹿児島県を出発し日本縦断を目指す牧之瀬幸也さん(36歳)は、全都道府県を踏みながら、東西南北の最端を訪れ、日本のへそ(兵庫県西脇市)を通過し、北海道を目指すという旅に挑戦中。
相棒の1100CCのバイクは、心筋梗塞でこの世を去った友人の形見。友人の夢も一緒に載せた旅です
 牧之瀬さんは、現在鹿児島県の南端、鹿屋市にお住まいで、長年、ここを訪れる旅人のみなさんに宿を提供したり、お茶をご馳走したりしながら旅の話を聞いてこられました。そして自らも“いつか北海道へ!”という夢を温め続けながら、小刻みなツーリングに出かけてきました。そして今年ついに北海道を目指して日本縦断を決心。いよいよ旅に出たのです。旅に出る際、一番の理解者は奥様でした。日本を縦断することと、海外の旅に出かけること、これらの“これだけはやりたいこと!”を結婚前に告げ、そして奥様もそれを応援してくださったそうです。極度の寂しがり屋と自分でもおっしゃる牧之瀬さんは、旅に出てから、寂しくて寂しくて奥様の声を聞くとUターンしそうになるので電話はなるべくしないとのこと。奥様に感謝してもしきれないと目を潤ませながら話してくださいました。こちらまで何かジ〜ンとさせられました。旅のおともは、お二人の名前を書いたクマさんのぬいぐるみ(写真)。くじけそうになるとこのクマさんを握り締めます。
 連日の雨で、鳥取で足止めを余儀なくされ5日間過ごすことになりました。そこで徒歩で日本縦断する方と出会い、また地元の方とお酒を酌み交わしたりしていろんなことを語り合ったそうで、それが忘れられない思い出となりました。やっと雨が上がり行動できるようになって、旅の目的地のひとつである冒険館へ始動。 始終、“ここに来て良かった〜”とまたまた目を潤ませて、“植村さんは、レールのないところを自分自身でレールを引きながら進んできた。常に先駆者であったことに尊敬する”と。
 牧之瀬さんのさらなる夢は、海外へ!アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパと周る予定です。この夢もすでに奥さんも了承済み…。今回の旅がステップとなり、世界への旅へ。
 この後、次の目的地である、日本のへそ、兵庫県西脇市へ向かわれます。実は牧之瀬さん、ここで大きな目的があるのです。『日本の中心で愛を叫ぶ!』。奥さんの名前を叫ぶそうです。遠く鹿児島まで…届け、奥様への想い!(M.O)
上に戻る


徒歩で日本一周 
平成21年7月2日
徒歩で日本一周を目指す小松崎健一さん(23歳:茨城県)。
小松崎さんは、東京を昨年(平成20)4月(専門学校卒業後)に出発し、太平洋沿いを北上し6月に北海道へ。北海道一周後、アルバイトをしながら夢のひとつだった、北海道での越冬を体験。本年(平成21年)5月に北海道を出発して日本海側を南下。京都を歩いている時に兵庫県に冒険家植村直己の記念館があることを聞き、ぜひ立ち寄ろうと冒険館まで足を伸ばす。荷物を預かってもらおうと豊岡地区公民館にお願いしたところ、友田公民館長が案内でしてくださり冒険館へ来館。
 今回の旅は、友人が専門学校卒業と同時に県庁所在地を自転車で周る計画を聞き、それなら自分は全国を歩いて一周しようと思い立ち、実行しているとのこと。また、色々な風景写真を撮りたかったため、歩くことを選択。
 いつまでに一周しようと決めいるわけではないが、今は、九州一周することを目標にされている。
 小松崎さんは、旅の途中で「なんでこんなことをやっているんだろう」と思うことがあったが、冒険館に来て、コツコツと最後までやり遂げようと強く思えるようになった。また最後までやり遂げることで、辛さの中にきっと楽しさが味わえると確信を持った。
 旅は、まだ行程の半分を過ぎたところ。ゴールの連絡を冒険館にしていただく約束をしました。また各地で撮影された風景も見せていただくことを楽しみに待っています。(S.K)
上に戻る


スローライフ 自分の目線で 
平成21年6月20日
 今回の旅人は、徒歩で日本縦断を目指す須藤幸喜さん(26歳:東京都)です。須藤さんは、東京を4/9に出発し、まずフェリーで鹿児島へ。九州最南端佐多岬から九州の国立公園を巡り、大分から四国・足摺岬へ。その後、高松〜岡山〜鳥取へ。たまたま昨夜泊まった道の駅で、ここが植村さんの故郷であることを知り、来館してくださいました。
初めは、車か自転車かと悩まれたそうですが、スローペースで自分に合った時間で自然の風景をカメラに納めながら旅がしたいと考え、徒歩を選択されました。旅を始めてから撮り続けたフィルムも数多くなり、旅の記録が積み重なっています。今回の旅の中で須藤さんが感動したことは、人の優しさ、温かさに触れたこと。多くの方に声をかけてもらい、また優しさも沢山いただきましたと。
 ここ冒険館に来て本当に良かったとおっしゃってくださいました。植村さんに感動し、、中でも“体力は50%残しておく、進むことと同じくらい休むことが大切”という言葉が心に残ったようです。
 以前、植村さんの本を読んだことがあり、ここに来て改めて植村さんの人柄に驚きましたと…。
まだまだ目的地の北海道(知床)までは長い旅が続きます。これからも多くの雄大な自然に触れ、沢山の感動を受け止め、素晴らしい旅になる事を祈っています。
旅が完結した時は、夢の作品展が出来ますように…    ガンバレッ!! (N.S)
上に戻る


自転車+登山の旅 280日目 
平成21年5月29日(2)
 自転車を漕ぎ続けて280日。水越昭博さん(32歳:東京都)は、08年8月に東京を出発し、日本を南下、四国に渡り、九州、佐多岬に立ち、島々を周り中国地方へ。そして目的地のひとつでもある冒険館を目指してお越しいただきました。この旅のテーマは、自分の行きたいところ、見たいものをつないで行く旅。各地の滝、岬を巡り、温泉も楽しみの一つ。
旅歴13年という水越さんは、大学で自転車サークルにはいったことがきっかけで、夏休み、春休みを利用して分割して日本を周ってきました。“いつかじっくりと日本を周りたい”と願い続け、やっとその思いが叶い、旅に出ました。
 自転車に取り付けられたサイドバックは、大学時代、先輩から譲り受けたもの。以後ずっと使い続けています。なるほど、雨に打たれ、風に吹かれたバックは所々ほころび、長い旅を物語っています。ひどくなれば自分で繕うそうです。
これまでに行った所、気になったものは“旅メモ”に書き綴る…、几帳面さがにじみ出ていました。かつて植村が“メモ魔”と言われていた様に…。書き記すことって大切なんですよね。
 また、これまで北アルプスを縦走したり、登山をしながらの旅でもあります。これから目指すは、白山〜立山〜剣。旅のスタイルはそれぞれのスタイルがあっていい、でも全てに共通して大切なのが“あいさつ”。すれ違う人達とあいさつを交わす、これを可能にするのが自転車のスピードなんです。このスピードが色んなことを感じられるスピードと水越さんはおっしゃいます。
 ここに来て本当に良かったとおっしゃる水越さん。植村さんの素朴さ、人柄には驚かされます。表面だけでなく全てが謙虚な植村さんです…と。お話を聞いていて、水越さん自身が本当に謙虚で、素朴な方でした
この旅は、まだまだ続きます。夏は北海道へ!
日本中の良きものにたくさん触れ、素晴らしい旅にしてくださいね、いってらっしゃい! (M.O)
上に戻る


笑顔の達人、再び!
平成21年5月29日(1)
 今回もやっぱり笑顔でした!平成19年に初めて冒険館を訪れた前林裕也さん(24歳・東京都)。(詳しくはコチラ) 以来、たびたび、近況を知らせるお手紙をいただくようになりました。語学留学から帰国し、自分の夢をもう一度見つめなおした前林さん。そして出した答えは、『自転車で世界一周!』。2月に一通の計画書が届きました。The Journey of Dreamと書かれたこの計画書は、前林さんのこの二年半の経験と自信がいっぱいに詰まった玉手箱のような計画書です。出発は、来春の予定です。
 この壮大な夢に向かう前に、これまでにお世話になった方、留学先で出逢った日本の友達との再会の旅を決めました。そして、新調した自転車の走行テスト、それから距離を体で感じる旅でもあります。冒険館も目的地のひとつで、「出発する前に植村さんに会っておきたかった。冒険館から全てが始まる…」と前林さん。
 5月25日、自宅のある東京を出発。はじめは、荷物の重さにバランスがとれず、距離が稼げなかったようでしたが、だんだん自分のリズムで走れるようになったようです。
 日高入りしたのは、28日の深夜。ここまでの行程はとてもハードで一日の走行距離も160キロという大変な日もあったようです。その間、様々な新たな出逢いがあったようです。とにかく笑顔がステキな前林さん。この笑顔は、幸せを振りまく使命を神様から与えられたかのようです。この人柄がどんな苦難も乗り越えさせてくれる気がします。
 世界一周の出発地は、アラスカ・アンカレッジ。マイナス20℃〜30℃という極寒の世界。この環境に近い気温を体感するために、この冬、東北への自転車旅も計画中。夢へと1歩1歩、歩みを進めています。
前回は、見送った後、1日笑顔が絶えませんでしたが、今回は、この後の旅を思うと心配が先に立ち、ただただ旅の無事を祈るばかりです。夢を追う人を送り出すことって切ないなぁ…(これは心のつぶやきです)
 私たちの夢を乗せて、前林さんは前へ進み続けます。
 またこの場所で、私たちは旅を終えて帰国した前林さんを迎えたいと思います。どうぞ、くれぐれも身体だけは大切に! 笑顔の再会を待っています。  (M.O)
上に戻る


スピードダウンの旅
平成21年4月13日
 北海道からはるばるお越しいただいた岩田賢二さんは、4月10日にフェリーで小樽を出発。舞鶴に降り立ち、冒険館目指して自転車でお越しいただきました。九州出身の岩田さんは、バイクの免許を取得した時、まずは北海道!とツーリングの旅に出かけるようになり、毎年北海道へ。見よう見まねで旅をしているうちに、旅の面白さに出逢い、また北海道の素晴らしさに魅かれ、永住することに。
オフロードバイクで車と正面衝突の事故に遭い、九死に一生を得たという経験も…また急カーブを回った時に待っていたものは、自分の背丈以上あるヒグマ!ここでも命からがら逃げ出したというエピソードも。
 バイクの旅を続けてきた岩田さんでしたが、あるとき世界一周をした方のエッセイを読んだことがきっかけで自転車にも興味を持つようになったそうです。 今回の自転車の旅では、スピードダウンしたことによって
バイクとは見る景色のスピードもダウンし、風のように通り過ぎていた景色もたくさん目に飛び込んできたことでしょう。
 以前放送された植村の番組を見て、涙が止まらなかったという岩田さん。植村の著書を読み進めながら、冒険館へ言ってみたいと思ってくださったようです。実際、植村の装備品の数々を目の当たりにして感動しましたと話してくださいました。色んなところに行ってみたい、色んなものを見てみたいと思う気持ちは、植村との共通点。山にも登られているようで、日本百名山の中の北海道の山も数多く登られたようです。
岩田さんは、“いくつになっても挑戦することの大切さを教えてもらいました。これからも身の丈の旅を続けて行きたいと思います”と話されました。
あるときはバイクで風になり、あるときはスピードダウンして景色を感じ…これからも岩田さんの旅は、続いていくようです。  (M.O)
上に戻る


自分の足で歩ける喜びが旅の支え
平成21年2月1日
「徒歩で日本一周をしている若者に会いました」と旅人情報をいただきました。情報をいただいた方は、旅をしているのなら、ぜひ植村直己冒険館に立ち寄るべき!と勧めてくださり、冒険館にお連れくださいました。
 旅人は、北海道札幌市在住の宮下桂さん(21)。平成19年6月、北海道を出発。1年8ヶ月で日本一周の約8割を踏破。ゴールの鹿児島を目指してまい進中です。
 宮下さんは、高校2年の時に、事故に遭い3ヶ月間入院。下半身不随になってもおかしくない重症を負いましたが、一命をとりとめました。この時、「せっかくつながった足…元気になったら歩いて日本一周をしようと思った」と言います。
1日に歩く距離は平均25キロ、40キロのザックを背負っての旅です。履きつぶしたクツは12足を数えます。四国では、氷点下に近い屋外で寝たこともあり、「寒さが歩く気力を奪い、きつかった」と振り返ります。
 旅のデメリットは、度々、職務質問にあうこと。道の駅等寝袋で寝ている最中、通報により強制退去!?そしてメリットは、通りがかりの人々が声をかけてくれること。旅の終わりに近づくにつれ、今まで声をかけてくれた人々の顔が浮かび、涙が出そうになります…辛いことを経験すると、余計に人の温かさがありがたく、心にしみます…と宮下さん。
植村の存在を冒険館で知った宮下さんは、植村についてこう語ってくださいました。
「植村さんは、悔いのある人生はイヤだと思っていたと思う。植村さんの生き方にあこがれます。その生き方大賛成!シンパシーを感じました」 と。
ずっしりと重いザック…荷物の重みだけでなくたくさんの経験と思い出がぎっしり詰まっているのでしょう。
3月末には鹿児島にゴールの予定。旅の無事を祈ります! (M.O)
上に戻る

 

当ホームページ上のコンテンツ(ドキュメント、データ、画像、映像、音声等)の著作権は文藝春秋及び植村直己冒険館に帰属します。承諾がない限り、閲覧目的以外にダウンロードあるいは複製することを禁じます。もし違反がわかると罰せられますのでご注意ください。
Copyright(c) 2002 Uemura Naomi Memorial Museum. All rights reserved.