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植村直己冒険館
お問合せ:boukenkan@
city.toyooka.lg.jp
〒669-5391
兵庫県豊岡市日高町伊府785
TEL:0796-44-1515 FAX:0796-44-1514
 




 このコーナーでは、旅の途中、当館にお立ち寄りいただいた皆さんを紹介しています。

      全国を旅するみなさん、冒険館でひと休みしていきませんか・・・。




2006年(平成18年)

9月11日
9月10日
8月18日
8月11日
7月27日
6月29日
6月26日
6月16日
6月 5日
5月21日
3月10日
1月22日

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   最近のチャレンジャー


探検家を目指して!
平成18年9月11日
 大学の探検クラブに所属する、長谷川達希さん(20歳)。20歳になった記念と、いつかは海外に行ってみたい…その前にまず、日本を知ろうと今回のマウンテンバイクで日本縦断の旅に出られました。夏休みを利用し、8月7日、苫小牧を出発、北海道をぐるっと周り、本州へ。冒険館までの走行距離3100km。出発をしてからのこの1ヶ月間は、テント泊、ガスコンロを使いコッヘルでご飯を炊いたり麺をゆがいたり…中に入れる具材は、市場で安い魚を買って入れたり、海岸に落ちていた昆布を拾ってだしを取る。「これがなかなか美味いんです。」と長谷川さん。ちなみに今日の朝食は、昨日、市場で買ったハタハタ入りラーメンだったそうです。さすが!探検家、サバイバルのような旅です。
 長谷川さんは、未確認の生物・動物に興味があり、自ら、和歌山県でカメラを仕掛けて野生動物の生態を調べた事もあるそうです。屈斜路湖のクッシ―にはかなり興味あり!!
 探検クラブで植村直己さんの存在を知り、地図で冒険館を見つけ、立ち寄ってくださいました。植村直己さんの偉大さにかなり影響され、『青春を山に賭けて』は、ゆっくり読ませてもらいます。とのこと。また、植村直己冒険賞受賞者の永瀬忠志さんの特別展を見て、こんなおもしろく、スゴイ冒険をした永瀬さんにとても興味を持たれたようです。
 長谷川さんの、旅の相棒は、マウンテンバイク。名前は、『ファイヤー・オックス(戦う雄牛)』。ファイヤー・オックスとの旅は、残すところ10日余りとなりました。このところ、豪雨にあったり、ガスコンロを倒してテントに穴をあけてしまったり、また寝ているとその開いた穴からアリの大群が入ってきたりとツイテいないことが続いたので、少々へこみ気味だったようです。冒険館で、かなりリフレッシュできたようで、元気に自転車をこぎ出し、次の目的地、鳥取方面へと向かわれました。
 お家の方への連絡は、ワン切り。それが、元気で生きている証拠なのだそうです。たまには、元気な声も聞かせてあげてくださいね。日本縦断の成功を祈ります!!  (M.O)
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47都道府県をバイクで走破!
平成18年9月10日
 埼玉県からバイクでお越しいただいた森田政則さん(32歳)。ご自身が大の阪神ファンで、1週間の休暇を利用して、9月9日に阪神甲子園球場で行われた阪神VS横浜のチケットが取れたのを機会に兵庫県に来られ、その足で冒険館にお越しいただきました。お話を伺うと、これから日本海沿いを山口県までバイクで走り、その後広島に行き野球観戦後、埼玉まで帰られるのだそうです。
 さらにこれまでの体験談などをお聞かせいただきました。森田さんはなんと、日本47都道府県を全てバイクで走破(通過)することが目標なんだそうです。北海道をバイクで走ったのを皮切りにこれまで日本中を駆け巡ってこられました。また、森田さんの旅は行く先々で地元の人や仲間から、その場所の「いいところ」を教えてもらい実行されるとのこと。北海道知床岬に行ったときには、「羅臼岳は登ったほうがいい」と聞き、1,610メートルの山頂に立たれたそうです。
 今日冒険館を出発後、鳥取県を目指し、島根県を経て山口県に向かいます。これが成功すれば46都道府県を走破したことになるそうです。あと1つ残るは沖縄県ですが、森田さんご自身いつになるかわからないとのことでした。さらなる夢は、バイク・自転車で海外を走ること。
 今日の冒険館周辺は、朝から秋雨前線の影響で雷を伴う豪雨に見舞われました。森田さんもバイクで走るため、荷物も服もぬれてしまう雨の日はキライだそうです。やはり、太陽の照りつける日のほうが気持ちよく、また、バイク姿の森田さんにお似合いかもしれません。   (T.F) 
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自宅から歩くっ!! 【鳥取砂丘まで編】
平成18年8月18日
 真っ赤に日焼けした腕・足。旅行かばんを縦に背負って来館された、清水貴大さん(20才)。
自宅(兵庫県宝塚市)を出発、兵庫県の県境に沿うように北上、冒険館へ。日本海に出た後、また海沿いを西へ向かい、最終目的地は鳥取砂丘!
 「趣味を『一人旅』と言ってるわりには、前回デンマークを旅してから1年近くどこにも行けていないことに気付いて、今回の旅を思いつきました。と言っても、いつもながら無計画で出発しても、右へ行こうか、左へ行こうか…という状態でした。」と清水さん。踏み出した一歩が、冒険館へとつながっていた事がとても嬉しかったです。
 ここ、冒険館で直己さんに触れ、感じたことを清水さんの言葉でご紹介します。

     ◆   ◇   ◆   ◇  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆  ◇   ◆ 
   現地の人々、風土、習慣に溶け込んでしまう植村さんは、大冒険家でありながらバックパッカ−で
  あるよう…。旅人の条件とも言えるユーモアと気概に溢れた植村さん。名を馳せた彼に世間は騒いだ
  けど彼にはもう少し静かに旅をさせてあげたかった気がする。
  植村さんから浪漫を感じ、次に何か行動を起こそうという気持ちにさせられるような人を、少しでも増やす
  役を冒険館に担ってほしい。
     ◆   ◇   ◆   ◇  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆  ◇   ◆ 

 靴もかなり履きつぶされ、かばんも破れてたこ糸で縫いつけてあったり…ここまでの旅の大変さがうかがえました。それでも彼は、目的地に向かって歩きます。
“3秒ルールって知ってます?落ちたものも3秒までなら拾って食べてOK!”という彼。潔癖症に近かった彼
でしたが、3秒が5秒になり10秒になり…旅が、色んな意味で自分を変えたと言います。
『自宅から歩くっ!!第2弾』も楽しみにしています。鳥取砂丘のラクダに乗れたかな〜   (M.O)
 
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夢は、野外学校。子供たちの居場所を作りたい
平成18年8月11日
  福岡からバイクでお越しになった泉秀夫さん(36歳)。8年ほど前にも冒険館に来館していただいたそうですが、今回は群馬県を目指す途中で立ち寄っていただきました。というのも泉さんは、群馬の過疎地の村で開校している山村留学(都会に住む子供達が田舎体験をする)の講師を数年前にされており、その時の教え子たちとの再会を楽しみに、年に一度この時期に群馬を訪れるそうです。
 高校生の時に『青春を山に賭けて』を読んで植村直己さんに憧れ、今までに植村さんに関する本はほとんど読まれたそう。子供が大好きな泉さんが、山村留学に興味を持ったきっかけは、植村さんがミネソタのアウトワード・バウンド・スクールで野外教育の指導法を学んだことにとても影響されたから。情報が氾濫し、お金を出せば何でも手に入ってしまう世の中だけど、子供達には大自然のなかで思いっきりチャレンジし、そこからたくさんのことを学んで欲しいとおっしゃってました。そんな泉さんの夢は、いつの日か野外学校を建てること。子供たちの居場所を作り、自然や人との関わりを大切にしていける環境を作りたい、と夢を語っていただきました。
 泉さんは、ウクレレやギターなどの楽器を作っておられ、自然の素材である“木”のぬくもりに触れると「あ〜日本に生まれてきてよかった」と実感するそうです。そんな“木”の良さも多くの人たちに伝えていけたらなぁと・・・。子供たちとのふれあい、また自然とのふれあいを大切にする気持ちが、泉さんの穏やかな表情とやさしい口調からうかがえ、こちらも心和むひとときを過ごさせてもらいました。泉さん、夢のに向かって頑張ってくださいね!(F.S)   写真:自慢のカブで来館された泉さん
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旅の途中の、めぐり合いに感動!
平成18年7月27日
 7月も後半になり、連日降り続いた雨も上がり、但馬地方も真夏の暑さになってきました。
 今回ご紹介します旅人は、愛知県にお住まいの岡本弘明さん(58歳)です。岡本さんは、2年前に愛知県を出発されてから、歩いて北海道へ。その後、日本海側を南下し、兵庫に入り、冒険館に立ち寄っていただきました。
 お尋ねしたきっかけというのが、私が朝の出勤途中に見かけた人だったので声をかけてみたところ、たくさんお話しを聞かせていただくことが出来ました。
 旅をするようになったのは、若い頃に植村直己さんの存在を知ってからで、アマゾン川いかだ下り、エベレスト登頂など植村さんの偉業達成のニュースを聞き、自分も植村直己さんのように冒険しようと思われたそうです。その後、日本一周やオーストラリア大陸などを自転車で縦断されたそうです。旅の中では良い出会いもたくさんあり、旅人同士で仲良くなったり、また偶然にもバッタリ再会したりと人との巡り合いの素晴らしさを実感されたそうです。
 岡本さんにとって植村直己さんは大好きで若い頃からの憧れた雲の上の人なので、「植村直己さんといつも一緒に居られる、こんないいところで仕事が出来ていいね・・」とおっしゃり、冒険館にも、もっと子供達に来てもらって、小さな事でもやる気を持ち実行すれば夢は叶うんだ・・ということを知ってもらえたらと話して下さいました。
 「学校で習ったことより、旅を通じて学んだ事のほうが大きいし、人生観も変わった」と最後にお聞きして、暑い日差しの中、お見送りしました。 (R.O)       写真:麦わら帽子がトレードマーク、岡本さん
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 植村直己さんのように、日本を旅してみたい…
平成18年6月29日
 開館してまもなく、自転車で日本一周を目指して旅をされている方が冒険館に来館されお話を聞きました。広島県福山市在住の藤井良章さん(29)です。藤井さんは、5年間、新聞記者の仕事をされていましたが今年の2月に退職。「仕事を辞めた今、30歳になるまでに、植村さんが徒歩で日本縦断されたように自分も日本一周、自転車で趣味である写真を撮りながら旅をしてみようと思った」と旅のきっかけを語ってくれました。
 新聞記者をされていたので、日本は暗い事件などが多すぎるといつも感じられていたようです。でも日本にはそんな悪いことばかりではない、温かい人たちがたくさんいる・・・と旅をされていく中で実感されたそうです。
1日に50〜60キロ進まれていて、お風呂は毎日入りたいから温泉のある所の近くでテントを張ったりして休まれているそうです。ご両親には1日に1回は必ず電話されるそうで他にもいろいろ旅のエピソードを聞かせていただきました。
 仕事柄、聞き役ばかりだったので、話を聞かれる側になるのは初めて…緊張すると言っておられましたが、本当に話しやすい感じのいい優しそうな方でした。これから日本海側を通り、北海道から太平洋側を下り、沖縄に行き広島に11月にゴールされる予定です。身体に気をつけてがんばってくださいね。
                                        (R.O)←今回、初登場です。
写真:笑顔がステキな藤井さん
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 ご夫婦、いい旅
平成18年6月26日
 今回ご紹介する旅人は、古川保夫さん(65)・保江さん(64)。6月23日、自宅のある東京・品川区を出発、行先も宿泊先も特に決めない“あてのない旅”に出発されました。周囲の方々に“交通事故だけはするなよ!”と送り出されたそうです。
 ここで、発揮するのが、お二人のコンビネーション!旅のルート、訪れる場所、宿泊先は、主に奥さまの担当。そして、車の運転はご主人…と役割分担もバッチリ。ご主人の保夫さんは、ヨットにも乗られ、還暦を迎えられた年、友人と二人で日本一周されたそうです。
 いつまでも好奇心を忘れず、色々なことに挑戦される古川ご夫妻は、直己さんと同年代。直己さん、そして直己さんの奥様の公子さんに共感されるところも多いようです。
 次のようなメッセージを寄せて頂きました。
****  『素晴らしい場所に建設された記念館。偉業を数々こなされ、種々の展示品に心打たれ、
    改めて感動して帰途につきます。ありがとうございました。』  ****
 お二人は、この後一路、飛騨高山へ…ご夫婦の愉快な旅は続きます。
 明るく、楽しいお二人の“熟年パワー”にこちらの方が元気付けられたような気がします。これからも、チャレンジし続けてくださいね!(M.O)               写真: ステキな愛車で、夫婦2人旅
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日本中に広がる、旅人ネットワーク
平成18年6月16日
 梅雨とは思えないほどの快晴となった日に、バイクでやって来てくれたのは東京都杉並区にお住まいの永野浩司さん(32)。大学生のとき、休みを利用してふら〜っと旅に出てみようと思い、自転車で日本縦断したのが旅の始まり。今回は、昨年の9月にバイクで日本縦断に向けて出発、今日まで10ヶ月で走行距離約27,000キロ!バイクの両側面には、テントなどの荷物がギッシリ積んでありました。
 北海道のとあるキャンプ場に泊まったとき、同じように旅をしている人で、とても気さくで話しやすい人と親しくなったそうです。話を聞けばその人は、この“旅人シリーズ第6弾”で紹介した北海道在住の山口浩さんだったのです!山口さんと「また、どこかで会うかもしれませんね・・・」と言って別れて、お互いに日本縦断の旅を続けていたら、なんと本当に運命の再会が!!久しぶりに連絡を取りあったところ、二人は同じ沖縄にいたのです。偶然の再会にビックリしながら、その晩は同じ宿に泊まって旅の思い出を語り合ったそう・・・。そのとき山口さんに『冒険館には立ち寄ったほうがいいよ』と言われ、名古屋まで帰路についていたにもかかわらず、また引き返して冒険館に来館していただきました。山口さんに感謝感謝です!
永野さんは写真を撮ることが大好きで、目にとまるものがあればすぐカメラを向けられるそうです。そのため、つい何時間でも費やしてしまい、なかなか旅が前に進まないけれど、出会ったことのない風景に会うのがいい・・・と穏やかな口ぶりで旅の魅力を語っていただきました。
 今後はとりあえず東京に帰り仕事をして、次は山登りに挑戦してみたいとのこと。装備も切り替えて新たに山岳用の装備を揃えるそうです。これからもいろんな風景と出会い、カメラを向けて撮り続けてくださいね!

追伸:永野さんの情報によれば、山口さんは今“燃え尽きちゃった”症候群にかかっているらしいです・・・そろそろ仕事しなきゃな〜とぼやく毎日!?だそうです。(F.S)    写真:バイクで日本一周中の永野さん
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日本のてっぺんで働く旅人
平成18年6月5日
 軽快にクライミングウォールを進む方を見つけ、声をかけました。北村元気さん(25)、地元日高町出身で、今回は里帰りの際に立ち寄ってくださいました。北村さんは、約3年前から山の面白さを覚え登山するようになり、友達から「富士山の登山ガイドをやってみないか?」と誘われて、登山ガイドを始めました。現在は、登山ガイドをするかたわら、ガイドの仕事がない時は、富士7合目の山小屋で働くという毎日です。2年前までは、強力(ごうりき)さんも経験し、80キロの荷物を上げていたそうです。通りで、筋肉隆々なはずです。
 北村さんが中学生の時に、この冒険館がオープンしたのですが、地元に居る時は一度も訪れたことがなくて…と北村さん。故郷を離れ、山に登るようになり直己さんの偉大さを改めて感じたそうです。次に帰郷した時は、必ず行こう!と思い来館してくださいました。映像でみる、直己さんに感動し涙が出そうになり、直己さんを郷土の誇りに思い、これから山で出会った人たちに伝えていかなければ…と思ったそうです。
 また、北村さんは、百名山にも挑戦中で、現在、34山登られたそうです。
 「富士山に上がる度に感動します、でもそれ以上に、感動するのは人との出逢いです」、山のことを語ってくれる北村さんの目はキラキラと輝いています。
 帰郷の際には、冒険館に立ち寄っていただくことと、これからの山での安全を約束し、見送りました。もし、富士山で北村さんらしき人を見かけたら、声をかけてみてください。実は、私のこの夏の目標は,富士山のてっぺんに立つこと!もしかしたら、北村さんに再会できるかも…楽しみが増えました。 (M.O)
写真:まさに元気いっぱいの元気君
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WWOOFで日本一周
平成18年5月21日
 久しぶりに旅人来館です!静岡県からお越しいただいた、田中智範さん(21)。田中さんは、’05年7月バイクで日本一周を目指し、静岡県を出発されました。学生時代は、新聞奨学生(新聞配達をしながら奨学金を受ける制度)としてお金を貯め、卒業後、“日本一周”の旅に出ることを決めました。
 この旅では、WWOOF(ウーフ)という制度を利用しての旅のスタイルを選びました。ウーフ???勉強不足の私は初めて、この言葉を耳にしました。WWOOFとは、有機栽培をしている農家や家庭菜園などをしているホスト宅に、1日6時間程度の手伝いをしながら滞在して、農業体験や技術を習得したり、交流をするというもので、ホストは宿泊場所と食事を提供し、労働力を得る、まさにギブアンドテイク。
 受入農家の方には、親にはなかなか話せない悩みなどが話せたり…と行く先々での人々とのふれあいは、田中さんのこれからの人生に大きな影響を与えてくれたそうです。
 実は、田中さん、冒険館を訪れるまで直己さんが22年前に消息を絶たれたことを知らなかったそうです。
22年前の2月、直己さんの遭難の後の5月に田中さんは生まれたそうです。ですから冒険館で感動とショックを一度に味わったことになります。
 田中さんは、これから山陰方面に向かい、石垣島を目指します。石垣島到着の際には、必ず連絡をくださいねと約束をし見送りました。“今しかできないことだから”と送り出してくれたご両親にも感謝しながら、田中さんの旅は続きます。(M.O)
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徒歩で日本縦断―植村直己の偉大さを足で感じる
平成18年3月10日
 2005年4月25日〜10月4日、徒歩で日本縦断された有澤文さんをご紹介します。
 植村直己冒険館に立ち寄っていただいたのは、7月31日のこと。その時は、旅をされている方と気付かずお話を伺うことができませんでした。そして、館内案内スタッフのOさんが帰宅する際、有澤さんを駅まで送ったことがきっかけで、そこから有澤さんとOさんの交流が始まりました。そして、日本縦断を成功させた有澤さんが、日本縦断記を完成させお送りくださいました。縦断記には、行く先々での人々との温かいふれあい、その時々の想い…旅の思い出がギッシリと詰まっています。
 有澤さんがこの日本縦断を決心した理由は、学生時代から数多くの旅をしたり、たくさんの経験や人との出会いを繰り返し、その積み重ねが、“歩いて日本縦断をしたら何か得るものがあるに違いない!”と思える自分を作ったといいます。道中、何人もの人に、「どうして日本縦断をしたいのか?」と質問されました。こればかりは、やりたいと思うか思わないかだけの問題で、心底やってみたい!答えはただ1つしかなかったそうです。
 この旅で思いがけず冒険館に立ち寄ることができたことは、有澤さんにとって大きかったと言います。直己さんが52日間で日本縦断をやってのけた事を知り、「直己さんはスゴイ!」と改めて感じ、自分が限界だと思っているボーダーラインなど、まだまだだと思ったそうです。
 日本縦断を終え、改めて日本地図を見ると、歩いて通った村や町、山間部の部落などで出会ったおじいちゃん、おばあちゃんが地元の言葉で話し掛けてくれた…色んな風景が浮かんできて愛しく思えてくる。
今、有澤さんはこの思い出を胸に、サンフランシスコで新生活を始められています。
 自分の人生を支えてくれる思い出があるっていいですね…。 (M.O)
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旅の醍醐味、冬山で焼肉
平成18年1月22日
 1月19日ご来館されたお客様で、団体のお客様に混じってひときわ熱心に展示物等ご覧いただいているお客様がいらっしゃいました。「どちらからお越しいただきましたか?」と聞くと、熊本の方で、年末の27日に出発し、上高地からの帰りということでした。冬山登山?興味津々にお話しを聞いていくと、槍・穂高中心に登山をしておられるとのこと。冬山…経験した事がないだけに、寂しくないですか?寒いでしょう?些細な質問にきっとあきれられたと思いますが、冬山の醍醐味、楽しさを色々と聞かせてくださいました。上高地・梓川近くにテントを張り、一人焼肉パーティー…05年からは、コンロとフライパンを持っていき、そこで焼肉をするというスタイルだそうです。ピンと凍てついた空気にフワ〜と焼き肉の匂い。想像しただけでも…。近くにテントを張っていた方を接待、楽しいひとときを過ごされたようです。
 「 『冒険とは生きて還ること』、冬山をやる時、この言葉を思い出すことにします。」と。これからもどうぞお気をつけて冬山を楽しんでください。 (M.O)
写真:上高地で焼肉!!
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