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植村直己冒険館
お問合せ:boukenkan@
city.toyooka.lg.jp
〒669-5391
兵庫県豊岡市日高町伊府785
TEL:0796-44-1515 FAX:0796-44-1514
 




  このコーナーでは、旅の途中、当館にお立ち寄りいただいた皆さんを紹介しています。

      全国を旅するみなさん、冒険館でひと休みしていきませんか・・・。


2019年(令和元年)




 1月24日
 1月24日A
 2月24日
 5月16日
 6月2日
 6月13日
 7月4日
 7月9日
 
 夢ゆうびんです(^^)/

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手紙を届けながら日本一周    令和元年7月9日
 本日は埼玉県から旅を続けている伊藤聡真(いとう そうま)さんのご紹介です。冒険館には、鳥取県で宿泊したシェアハウスのご主人・田川慶一郎さんに教えていただいたそうで、自転車でお越しくださいました!ご来館ありがとうございます!
 伊藤さんは専門学校卒業後、旅の資金を貯め、2017年9月に地元・埼玉県を出発しました。旅のテーマは「手紙を直接手渡しで渡す」こと。旅の目的を考えていた頃、ある日閃いたそうです。そして誰かの役にも立ちたかったとも仰っていました。地元の友人、旅の途中で出会った方から手紙を預かり、その方々のご家族や祖父母、お世話になった方へ手紙を直接手渡しする郵便屋さんをしておられます。

 旅のルートは地元・埼玉から自転車を持ち込み、フェリーで北海道へ。北海道を一周し、東北、太平洋沿いを南下。四国、九州、沖縄を回り、現在は日本海側を北上中です。また、旅の途中で働いていたそうです。そして道中、旅の目的である預かった手紙を渡すと、やはり驚かれるようです。そして喜ばれることも多かったそうです。渡す相手には事前にアポイントメントを取り、そしてそのまま宿泊させていただいたこともあったのだとか。お留守の場合、ポストに投函するそうなのですが、差出人は書いてあっても切手が貼ってありません…。そのため、受取人から差出人の方に連絡を取ったそうです。方法は何であれ、差出人・受取人の間でコミュニケーションが生まれたように感じます。しかしながら、2回オレオレ詐欺に間違われ、うち1回は完全拒否…。もう1通は受け取ってすぐにドアを閉められたそうです。このようなこともありましたが、これまで届けた手紙は35通に上ります。手紙を届けること以外にも、各地の行事に参加したり、地域の人たちと交流を深めました。福岡県糸島市の豊作祈願の祭に参加したとき、とても寒かったです…と感想をいただきました。

 冒険館に来館し、「わくわくした」と率直な感想を戴きました。「便利じゃない世の中でありながら、それを乗り越え、夢を見せてくれた」と仰っていました。特に印象的な植村さんの冒険は、犬ゾリ行だそうです。冒険館の後は、お隣の京丹後市に一泊し、再び日本海側を北上。青森県に着いたら日本一周達成するので、青森県到着後に自宅に戻るそうです。青森といえば…「ねぶた」ですよね。「1泊2日しかいられないから参加できないかも…」と仰っておられましたが、ほんの少しだけでも参加できるといいなあと思いました。

 旅を終えた後は働きながら次の夢へと向かいます。次の夢は「みんなの居場所をつくりたい」という思いから、誰でも来ることができるシェアハウスをつくり、イベントも開催したいそうです。場所は考え中。できれば南の方、そしてパソコン作業から離れ、土など自然に触れることができる場所を条件に、現在考え中です。旅の途中で何かヒントが得られるといいなあと思います。そして、伊藤さんから、同じく旅をしている方へメッセージを預かりました。『周りから批判とか否定されても、自分の意志を貫いてほしい。夢をやり遂げてほしい。』

 「手紙を届ける旅人」伊藤さんの今後の挑戦を応援しています!(R・N)
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日本一周    令和元年7月4日
 今回ご紹介する旅人さんは、900ccのバイクで日本一周中の鈴木達也さんです(^^)夕方、当館内に展示している旅人さん達の写真パネルの話を聞き、ピーンときました!植村さんの名前は知っていたけれども、出会った旅人さんから当館の話を聞き、来館してくださいました。ありがとうございます!
 鈴木さんは社会人になり、知らず知らずのうちに旅の資金を貯金。そしてバイク事故に遭い、そのまま仕事を退職したことが今回の旅のきっかけのひとつなのだそうです。地元・青森県を2018年5月27日に出発し、東北地方、北海道を回り、一度装備を補充するため実家に戻り、そして全国各地から旅人が集まる青森県を代表する祭・ねぶた祭に初参加。おもしろかったそうです。その後、バイクの集会に参加するために、一気に滋賀県へ。もちろん交通手段はバイクです。滋賀県の後は北陸地方→北関東→長野→大阪→和歌山→三重→再び青森→佐渡島→京都→山陰→北九州→愛媛と旅を続けました。愛媛でアルバイトをしながら旅の資金を貯め、次は九州南部→長崎(ここでもアルバイト)→沖縄→屋久島・種子島→再び九州→山陽→四国→豊岡というルートで旅をしておられます。冒険館に来館した日は、旅を始めて257日目。途中アルバイトをしていたため、実際の旅の期間は1年以上です。

 旅をしていて感じたことは「楽しい」ということ。沖縄では旅人集会が開催され、昨年冒険館に立ち寄られた道の駅を巡る旅をしている方や様々な旅人の方々にお会いしたそうです。また、鹿児島県肝付町では見たいと思っていたイプシロンロケットの発射に立ち会うことができました。ちなみに地響きがすごいらしいです。
 
 豊岡の次は神戸市。それから太平洋沿いを通り青森に戻ります。そして資金を貯めて、次はお遍路に挑戦したいそうです。お遍路に挑戦した後は、バイクで沖ノ島や五島列島などの離島を巡り、日本を離れてヨーロッパで見聞を広め、バイクでアメリカを横断したいと夢を語ってくださいました。
 冒険館を出発したときは夕方で曇り空だったので、無事に神戸に到着するか心配でしたが、インスタグラムに神戸の様子が投稿されていたので一安心しました。
 まだ先は長いですが、楽しんで旅を続けてくださいね(^▽^)/(R・N)

◆鈴木達也さん インスタグラム:@suzupon5 ツイッター:@suzuponnu5












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城崎から始まる1年間の軌跡    令和元年6月13日
 受付したときには旅人さんとだと気づきませんでした。それもそのはず。これから彼は旅に出るのですから…。
 この日冒険館に来て下さったのは、土居 瑞希(どい みずき)さん。静岡の大学院で有機合成について研究している理系バリバリの大学院生です。そんな彼が大学院を1年間休学してまでなぜ旅に出るのか。きっかけは海外経験豊富な後輩とヒッチハイクの旅をしていた友人からの影響で、インドアであった自分の中の価値観が変わったそう。行くならこのタイミングだと思い、旅をすることを決断したそうです。
 土居さんは現在城崎温泉で4月から6月まで住み込みで働き、旅の資金を貯めています。来館してくださったこの日は、週末に開催される神鍋高原マラソンの下見と練習のために日高に来ており、その道中で冒険館があることを知り、帰りに立ち寄ってくださいました。「冒険」という言葉に惹かれたそうです。実際に訪れ、「勇気を貰えました!果敢に進んでいく姿勢を学びました」と力強く話してくれました。
 そんな彼ですが、1年間のうち3カ月は城崎温泉に滞在していたため、残り9カ月で3つもの旅に出かけます。なぜ城崎温泉で働いているのか、理由を尋ねたところ「好きだということもあるし、高校時代に志賀直哉の『城の崎にて』を読んで影響を受けた」と仰っていました。旅の最初は東京都日本橋から出発し、京都市三条を目指す「東海道五十三次」徒歩の旅、その後3カ月ほど海外に出かけ、帰国後はヒッチハイクの旅を行う予定です。ヒッチハイクの最終目標は日本一周。ヒッチハイクの旅は過去にも経験があり、ヒッチハイクで地元・広島から静岡に来た友人(前述)と、さらに神奈川に住む友人に会いに行くためにヒッチハイクで静岡から神奈川まで向かいました。快く車に乗せてくれた方々との交流が印象的だったそうです。
 1年間という限られた期間ですが、様々なことを見て、聞いて、体験して、充実した旅となるよう冒険館からエールを送らせていただきます!土居さん、マラソンも旅もがんばってください!(R・N)
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古希記念日本縦断てくてく一人旅    令和元年6月2日
 初夏に入ったこの日は曇り空。外は過ごしやすい気温でした。この日冒険館にご来館いただいたのは岩井 淑(いわい しゅく)さん。70歳。豊岡駅近くのホテルから3時間半をかけて徒歩でお越しくださいました。午前6時30分にホテルをご出発されたそうです。植村さんの本も5〜6冊読破。冒険館に来たかったとうれしいお言葉。ご来館ありがとうございます!
 岩井さんはタイトル通り、徒歩で旅をなさっておられます。出発地点は日本最北端・宗谷岬。そしてゴールは最南端・波照間島。4回に分けて縦断中です。今回は第3ステージ目。第1ステージは宗谷岬から日本海側に沿って青森へ。途中、北海道の島にも立ち寄られました。中でも特に覚えているのが、北海道の初山別村(しょさんべつむら)。海に鳥居が立ち、鳥居の真ん中に夕陽が…。岩井さんは旅を始めたばかりで、足には血豆ができていました。そのような状態で見た夕陽はとても心に沁みたそうです。
 青森市に到着した後、一度千葉県にあるご自宅に戻り、再び青森市へ。第2ステージの始まりです。第2ステージでは同じく日本海側の道を通り、富山市まで歩きました。この間も山形県の飛島(とびしま)、新潟県の粟島(あわしま)に上陸しました。飛島ではフェリーが欠航し、帰れなくなるというハプニングもあったそうです。
 富山市に到着後、再び自宅に戻り、そして現在の第3ステージに入ります。第3ステージのゴールは当初山口県下関市でしたが、福岡県北九州市門司に変更。富山市からまでおよそ1000kmを歩きます。冒険館にお立ち寄りいただいた日は「休養日」ということでした。
 岩井さんは白い旗を持ち歩いておられます。旗には旅の途中で出会った方々に書いていただいたというメッセージがたくさん並んでいました。青森で出会った外国の方(ジェイムスさん)も九州地方から北上して旅をしておられたそうで、「70歳とは思えない!」と感嘆されたそうです。また、白神岳に登ったとき、東京からきたご家族と出会いました。ご両親と息子さんの3人で旅行されていたそうです。息子さんはご両親と離れて生活しているけれども、年に1度は家族旅行をしたほうが良いと思って、親孝行も兼ねて旅行をしているそうです。この息子さんは、岩井さんに出会って元気が出ましたとメッセージを残しておられました。岩井さんは、「北海道で出会ったホッケ漁師の方を始め、地元でしかわからない情報もくださり、出会った皆さんが旅人に優しいと感じた」と仰っておられました。そして私も植村さんの言葉をお借りして、メッセージを記入させていただきました。

 「未知の中にこそ、おもしろみとやりがいがある。」(『植村直己と山で一泊』より)
 
 出発98日目は豊岡、99日目は香美町、そして記念すべき100日目は新温泉町。新温泉町は登山家・加藤文太郎さんの出身地であることをお伝えし、但馬のMAPをお渡し致しました。旅の途中でも楽しんでいただければと思います。
続けて日本海側を歩き、第3ステージの終点・門司に向かいます。そして日本縦断を終えた後は、富士山、北岳、南アルプス、中央アルプス、北アルプスを縦走し、その後は四国一周、そして今度は太平洋側を徒歩で縦断すると仰っておられました(ゴールは鹿児島県)。
 これから暑い夏が始まります。体調にはくれぐれも気を付けて頑張ってください!(R・N)

★岩井さんのブログはこちら!
 「岩井淑の日本縦断てくてく一人旅」 https://ameblo.jp/8man8888/
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愛馬との最後の旅    令和元年5月16日
 実は初めてお話を聞いたのは、2009年植村直己冒険賞受賞者・中西大輔さんが昨年来館してくださったときです。そして、ついに…この時が!
 過日、事前にご本人が当館にお越しくださり、我々も楽しみしておりました。5月16日当日、私は公休日でしたが出勤している職員から連絡をもらい、小走りで冒険館へ。冒険館に着くと、芝生広場に白い馬が!馬の名前は「ブチ」くん。そしてブチくんと共に旅をしているのが、杉野真紀子さんです。

 13日に京都府京丹後市を出発。兵庫県豊岡市但東町に入り、豊岡市立日本・モンゴル民族博物館に立ち寄り、但東中学校で一泊。翌日は出石町経由で日高町に入り、お知り合いの方の元に一泊。そして、当日は日高町内の保育園に立ち寄りながら、冒険館にお越しくださいました。杉野さんが鞍と荷物を外すと、ブチくんはゴロンと草の上で汗をぬぐうような仕草を見せ、バケツ一杯のお水を飲み干しました。馬にとってのバケツ1杯の水は、人間にとってはコップ1杯の水に相当するそうです。そして杉野さんが館内を見学している間、ブチくんはじっと大人しくしていました。他のお客様も興味深そうにブチくんの様子を見ていました。
 杉野さんが戻ると芝生の上に寝そべったり、草を食べたり、リラックスした姿を見せてくれました。「ここがかゆいみたいです。」とブチくんが触ったところをかきかき。かゆいところをブチくんが教えてくれます。信頼関係がすばらしい…!そして、杉野さんがご好意で乗馬体験をさせてくださいました。「翌日には筋肉痛になりますよ〜(^^)」とおっしゃっておられましたが、今のところ大丈夫…です…。
 杉野さんは幼いころから馬が大好き。大学に進学したときは「鉄の馬」(バイク)に乗り始め、大学卒業後に5〜6年間世界中をバイクに乗って旅をしました。海外での旅の中で、「馬との暮らし」について改めて考え、子どもの頃の「馬になりたかった」という思いに立ち返り、モンゴルへ。モンゴルでのツアーに参加した後、現地で自ら馬を購入し、700kmの旅を経て馬と暮らしていく自信を持ちました。日本に帰国後、滋賀県高島市で馬2頭と犬1匹と遊牧生活を始めました。この日冒険館に来たブチくんはこの時から一緒。7カ月前に京丹後市に移り住みました。 
 この旅がブチくんとの最後の旅となります。ブチくんは今後お知り合いの方の元で暮らします。杉野さんは笑顔の絶えない方です。ブチくんのお世話をしているときも笑顔で、真剣に腕を動かしておられました。
 馬たちとの生活の先、杉野さんはヨットでの冒険に出発します。杉野さんの挑戦を遠方からですが応援いたします!新たな挑戦、がんばってください!(R・N)

 ◆杉野さんのこれまでの冒険はこちら!
  →アメーバブログ「馬、大好き!」
    https://ameblo.jp/cavalo/
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歩き旅    平成31年2月24日
 気温は低いけれども良い天気だったこの日、京都より飯田志太郎(いいだ ともたろう)さん(21歳)が来館してくださいました。京都から徒歩でのご来館です。出発当日はあいにくの雨、そしてザックの中身が雨によって濡れてしまい…。さらに街中にテントを張るわけにもいかず、歩き続けてようやく寝床を確保。様々なハプニングに襲われながら、道の駅で差し入れもいただき、5日間かけてゴール地点である冒険館に到着。お越し下さり誠にありがとうございます。
 飯田さんは静岡県出身で、去年の春から京都の芸術大学に通っている大学生。関西に来て、冒険をしている方が多いことに驚きとうれしさがあったそうです。まずは昨年5月京都・奈良・大阪を徒歩で巡る旅に出かけました。しかし、大学の授業に出席するために奈良から大阪入りした東大阪市で一度旅を中断。そして再び夏に東大阪市から京都駅まで徒歩で向かいました。その間の悩みの種は寝床確保。無事に京都駅に着いてなによりです。次に旅をしたのは奈良から伊勢まで。曽爾高原を通るルートを歩くも道に迷っていたところを助けてもらい、また道の駅で出会ったトレイルランニングの方から差し入れを貰うなど、人々との交流が印象深かったそうです。
 このような旅を始めたきっかけは、オーストラリアに留学していたときに「リヤカーマン」こと永瀬忠志さん(2005植村直己冒険賞受賞者)が映っている動画を見たことから。19歳の時に徒歩で旅をしていたことに衝撃を受け、自分よりも若くしてやってのけたのだから、自分もできるかもしれないという思いから旅を始めました。リヤカーを使うか悩んだそうですが、予算的に厳しいので徒歩を選んだそうです。そして植村さんにも関心があり、調べてみると豊岡市に植村直己冒険館があることを知りました。京都から豊岡までは電車で来ることもできますが、あえて徒歩で来館することを選びました。植村さんについては『青春を山に賭けて』を今月初めから読み始め、当館に到着した日に読了。植村さんの食べ物エピソードが印象的であり、生命力がある方だと思いましたと仰っていました。冒険館に到着した日は閉館時間となっていたので、近くにテントを張りましたが…確かにこの日の最低気温は1℃。寒かっただろうと思います…。そして実際に冒険館に来館し、植村さんの談笑している姿を見て人々からすごく愛されている方であり、自分が人見知りなので、なぜあのように人々と交流できるのか、本も読んで、冒険家にはコミュニケーションが必要だと思いましたとコメントをいただきました。永瀬さん、そしてリヤカーで世界を旅した吉田正仁さんについても敵わないなあ、自分まだまだだなあとも。
 今回の京都〜豊岡の旅で初めて100km以上を徒歩で歩き、次の目標は北海道縦断と日本縦断。リヤカーを使うかもしれません。そして大学では油絵を学んでいるけれども、旅・冒険の経験を写真やパフォーミングアーツなど、どのように表現しようかと芸大生ならではの悩み。旅で得た経験や感情をぜひ芸術に昇華していってほしいですね(^^)(R・N)
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阿部雅龍さんからのメッセージ〜南米チリ・プンタアレナスより〜    平成31年1月24日
 南極より2ヶ月ぶりに町に戻ってきました。いまは南米チリのプンタアレナスに滞在しております。
日本人初ルート(メスナールート)単独徒歩で南極点へ到達(918q55日間)して参りました。次の夢は人類未踏です。
僕は極地だけでなく、山も自転車も徒歩、人力車でも冒険しているので、世界中を回ってきましたが、日本人冒険家といえばウエムラでした。今回の南極でも冒険家といえば日本人はウエムラでした。
外国冒険家たちからは植村さんの冒険歴よりも、イヌイットたちから技術を学んで自分で犬ぞりを操ったことが評価されているようでした。

僕は次の夢があるのでまだまだ走り続けます。
植村直己さんの意志は僕らの世代に活きてますよ。
その意志を僕が次世代に継いでいくので安心して任せてください。       阿部雅龍
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どんぐりフラッグ、南極点に立つ    平成31年1月24日
 南極点日本人初ルート(メスナールート)にチャレンジ中の阿部雅龍さんが、日本時間2019年1月17日 6時20分、南極点到達を成し遂げました。
毎日100sのソリを10時間以上引く重労働に加え、2か月の孤独、体感マイナス40℃の自然を相手に、55日間挑み続けました。実に歩行距離は918q。
特に今年は例外的な積雪で、足が25pも埋まるほどで、世界中から集まった冒険家もリタイアせざるを得ない状況だったようです。
阿部さんは、出発から31日目、行程の遅れで食料が不足する恐れが出たため、補給を受けることになります。阿部さんにとって最も苦しい決断でした。
それでもこうして私たちに無事で南極点到達の報告をいただけたことに感激しました。
そして、冒険館にとっても到達とともにうれしい写真が送られてきました。
植村さんの心を繋ぐことを目的に制作した「どんぐりフラッグ」が南極点にひるがえったのです!阿部さんのシリアルナンバーは、どんぐりNO.1933。
過酷な状況の中でどんぐりフラッグとともに写真におさまってくださいました。
阿部さんの安堵の表情が、過酷だった旅を物語っているようです。

阿部さんの挑戦は、これが終わりではなく始まりです。
日本人初の南極探検を行なった白瀬矗が断念したルートをたどって南極点に向かう「白瀬ルート」の踏破に向かう挑戦が始まります。
夢を途切れさせることなくさらなる夢に踏み出した阿部さんを応援しています!
阿部さん、南極点到達おめでとうございます!お疲れさまでした。(M.O)
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