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植村直己冒険館
お問合せ:boukenkan@
city.toyooka.lg.jp
〒669-5391
兵庫県豊岡市日高町伊府785
TEL:0796-44-1515 FAX:0796-44-1514
 




  このコーナーでは、旅の途中、当館にお立ち寄りいただいた皆さんを紹介しています。

      全国を旅するみなさん、冒険館でひと休みしていきませんか・・・。


2016年(平成28年)






2月7日
2月11日
3月31日
4月11日
4月12日
4月28日
7月7日
7月10日@
7月10日A
7月10日B
7月15日
11月19日
12月18日

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亀岡から自転車で冒険館へ    平成28年12月18日
家族3人で来られたお客様。なんと旅人。京都から自転車で来られた松岡大喜くん(12歳)です。松岡くんは、お母さんと一緒に京都から自転車で来られました。松岡くんは自転車好きだそうで、過去には琵琶湖1周を2回しています。今回は植村直己冒険館があることを知り、自転車が好きだから自転車で行ってみようと思われたそうです。
お二人は17日に自宅をスタート。松岡くんの旅での感想は、車ではみることのできない景色が見れますとのこと。
植村さんについては、冒険心があって勇気がある人だなぁと思ったそうです。
冒険館にきて植村直己さんのことがよく知れてよかったですと話されました。
今後の夢は日本一周を計画中。青空の中、冒険館を出発にされました。
(S・Y)
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デナリ単身登頂に向けた10年プロジェクト    平成28年11月19日
 今回冒険館にお越しいただいたのは、片山貴信さんです。片山さんは、2025年北米最高峰デナリに挑戦を目指されています。
 片山さんは幼いころから心の中に冒険心があったそうです。その心は、チャレンジ精神へと変化して、バイクレースに。しかし、19歳の時にバイク事故を起こし左半身など重度の麻痺を負われました。絶望的な状況の中で、病院であった小学生から「現実を受け入れて最善の方法を選んで今を生きる」教わり過酷なリハビリをスタート。度重なる手術とリハビリの末、事故から3年後バイクレースに奇跡的に復活されます。
引退後、仲間と登った槍ヶ岳登頂をきっかけに登山をスタートされたそうです。そこで、選んだ新たな挑戦が2025年北米最高峰デナリ登頂計画。片山さんは幼い頃、お母さんから聞いた植村さんのことが自分の原点になっているといわれます。植村さんの「小さい事でもコツコツ」って言葉が好きで何がいいとかではなくただただ惹かれますとのこと。そんな植村さんが眠るデナリに、いろいろな壁(限界)に挑戦しながら登頂を目指されます。計画はスタートしており、2015年、≪第1弾≫赤道上最高峰カヤンベ(5790m)単身登頂、岩峰イリニサノルテ(5126m)単身登頂。2016年 ≪第2弾≫北アルプス110km単身縦走に挑戦。そして、2016年12月には大陸最高峰アコンカグア(6962m)に挑戦されます。その後も、最終章であるデナリに向け挑戦を続けられます。帰国したらまた来ますとの言葉をいただいました。ぜひ、登頂報告を楽しみにしています。
(S・Y)
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日本一周 車中泊の旅    平成28年7月15日
 本日冒険館に来ていただいた旅人は横田千之さん(埼玉県)です。車中泊をしながら日本一周をされています。今日は家を出てから104日目。京都の日本海側を北上中、地図を見ていると、こんなところに植村直己冒険館がある!と発見され、わざわざ兵庫県まで戻って来館して頂きました。学生のころから色々なことをしてきた横田さん。日本をじっくり見てみたいと思い、定年後の旅のひとつとして日本一周をされています。
 この旅では、熊野古道のショートコースを歩いたり、琵琶湖で800m上空をパラグライダーフライトしたり、四万十川をカヌーで下ったり、足摺岬ではスキューバダイビングをしたり、阿蘇山上空をヘリコプターで遊覧したり、陸・海・空と、かなりアグレッシブに活動をされています。色々な遊びができて羨ましい!!もちろん遊びだけではなく、熊本県益城町ではボランティアもされたそうです。
そして何より羨ましく感じたのは、行く所行く所で出会った人とすぐに仲良くなれること。気になった人には自分から声をかけ(時には声をかけられることもあるとか)、声をかけた人とはすぐに仲良くなって、一緒にご飯に行ったり飲みに行ったりされています。それだけではなく、知り合った方を車に泊めたこともあるとか。また、日本の方だけでなく韓国の方ともお友達になったそうです。全国各地、そして海外にまでお友達が!!その行動力、本当に羨ましいです。もちろん楽しいことばかりではなく、苦労もあったそう。車のライトが故障したり、タイヤを刃物で切られたり、子猫がエンジンルームに入ってしまって出てこなくなったりと、車に関するトラブルが何度かあったとか。それでも、人とのふれあいが多く、この旅をとても楽しまれているのがひしひしと伝わってきました。
 この旅は冬までには終わらせるつもりだそうで、65歳までがんにかからず元気でいられたら、ピースボートで世界一周をするのが夢だそうです。世界中に友達ができそうですね。夢に向かって頑張ってください!!
(Y・S)
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養父市が熱い!    平成28年7月10日
 先にご紹介した高階さんと小谷夫妻、実はお知り合いで、兵庫県養父市在住。今回それぞれの旅を終え、冒険館に旅の報告に来てくださったのです。
なんと、3人はこの旅の途中、アルゼンチンで合流。サンカルロスデバリローチェで一週間のトレッキングを楽しみました。
お写真から、本当に旅を満喫している感があふれ出ています。それぞれの旅先から合流なんて、なんて素晴らしい!
こんな熱い三人が豊岡市のお隣りの養父市にいらっしゃったなんて!夢と目標を持ち、自分の人生を歩んでおられる様子を見てなんだかとっても心が弾みました。
そして、この場面にもうお一人、心が動いた方が参加。たまたま冒険館に取材に来られていた新聞社の方です。
もともと旅人への深い関心があり、冒険館を訪れたチャレンジャーを応援してくださっている方で、急きょ取材をしていただくことに。
 その中で、記者の方から、自分たちの旅だけで終わらせずに、見てきたものをもっと多くの方に知らせるために、写真展等の企画をしたらという提案がありました。なるほど!さすが!
そうすることで旅の整理ができるとともに、自分たちの旅がより色濃くなって残ると思います。
それまで写真展などに消極的だった3人は、背中をドンと押された感じでした。ぜひ、企画してください。みなさんが見てきた素晴らしい世界を私たちにも見せてください。写真展が実現することを楽しみにしていますよぉ〜! (M.O)
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ユーラシア大陸横断、南米縦断の旅    平成28年7月10日
 2014年10月〜2015年12月、ユーラシア大陸横断、南米縦断の旅を果たした小谷岳志さん、晶子さん夫妻(兵庫県養父市)。
ベトナム→カンボジア→ラオス→タイ→ミャンマー… … トルコ→ルーマニア→ポーランド→リトアニアとユーラシア大陸を横断し飛行機で南米ペルーへ。チリ→アルゼンチン→アルゼンチンと南米を縦断。
 お二人は、スキー場のアルバイトで出会い結婚。晶子さんは大阪から養父市へ嫁ぐことに。晶子さんがもともと山登りをしていたこともあり、近くの山へ出かけることがあったそうですが、そんな中、岳志さんの中に、海外へ行ってみたい、それも誰もが行くところではなく、現地の人々の暮らしぶりがわかり、浸れるところに行ってみたいという思いが沸々とわいていました。そのことを晶子さんに伝えたところ、晶子さんも岳志さんに共感。
 そして2人で旅へ出発!観光地ではなくできるだけ現地の人々の生活が見たかったため、ローカルバスとレンタル自転車を駆使し、小さな村々を巡りました。村に住む人々とふれあい、自分たちが本当にやりたかったことを果たす旅となりました。
旅を終えてからのお二人の変化について聞いてみました。
岳志さん:今まであまり口にすることのなかった気持ちを素直に伝えるようになりました。
晶子さん:2人の関係性がよくなり、理解できるようになった。自分に正直に内面のことを言うようになりました。
この旅で得たこと、数々の体験とお互いを理解すること…お話をうかがっていてお二人にとって素晴らしい旅になったことが伝わってきます。
これからも一緒に色んなものを見て、感じてお二人の共有財産を増やしてください。
ありがとうございました! (M.O)
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植村直己さんのたどった道、南米へ    平成28年7月10日
 「植村直己さんにあこがれて、植村さんが実際に見てきたものを見たくて旅に出ました」と話してくださった高階真帆さん(兵庫県養父市)。
 2015年10月、ペルーに飛び、リマ、ワラス、アレキパ、プーノからボリビア、ラパス→キリ、チリ、サンチアゴ→アルゼンチン、メンドーサ→チリ、プエルトナタレス→アルゼンチン、ウシュアイア(南米最果ての地)へ。なぜ辺境と言われるような場所に、しかも女性たった一人向かうのか…「怖さを感じないんです、観光地ではなくこういうところに行くと、自分の足で行ったという、努力した証が感じられるんです」とキッパリ。
 初めて泊まった宿に日本語を話せる人がいたので、最小限の言葉を教えてもらって、あとは身振り手振りでやり過ごします。
 アコンカグアを目指し、雪山を登るということで、かなりの技術がいるのでは?「現地でチョットだけ練習しました」と。
 女性でありながら、その行動は、植村さんの体験記を聞いているような…「山に登りたいから、行ってみたいから」と、聞いている方が、あっけにとられるといった感じです。
 「1人で何か大きなことをしたいと思って日本を出発したのに、行ってみればたくさんの人々に助けられ、気がつけばいつも周りに誰かがいてくれました。自然も人も素敵な出会いの詰まった旅でした」と本当に楽しそうに、旅を振り返るように話してくださいました。
 この旅に出る前に、地元で面接試験を受けました。その時の作文のテーマが、“将来なりたい人物像”。迷わず、“植村直己さんになりたい”と書き、南米の旅へ。
 ペルーに滞在中、家族から採用通知が届いたことを知ります。
きっと、高階さんの作文から、情熱があふれ出ていたのでしょう。見事、採用!!
これからまた、植村さんの通って来た道を辿りたい、そして、植村さんのように1人でも多くの人を勇気づけ、笑顔にできる人になりたいと高階さん。
 こんなに楽しそうに旅を語る高階さんを見ているだけで、笑顔がこぼれます。
また、旅の話を聞かせてください、山も一緒に登りませんか!そう思わせてくださる素敵な笑顔に会えました。話に来てくださり、本当にありがとうございました。 (M.O)
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行ってみよう、知らない所へ 平成28年7月7日
 本日、冒険館に来られた旅人は佐々木俊彦さん(兵庫県)です。今日は旅の途中ではなかったそうなんですが、神戸の自宅からハーレーに乗って冒険館まで来て下さいました。このハーレー、定年祝いに奥様からプレゼントされたものだそうで、このハーレーに乗って基本的には日帰りで、時には一泊でスタンプラリーを回られています。
 佐々木さんは昔からアウトドアが大好きで、ボーイスカウトの隊長をやったり、お友達と兵庫県を東から西へリヤカーを引いて横断したり、20年ほど前には、当時小学校3年生だった息子さんと一泊二日で淡路島を半周したりしたそうです。一番思い出になってるのは、小学生だった息子さんと、高校生2人ほどと、神戸の自宅を夜の9時に出発して車で静岡まで向かい、朝の9時ごろに富士山の五合目に車を置いて登山し、頂上から走って下り、夜の7時に駐車場まで戻り、そこから運転して次の日の朝8時には自宅のお風呂に入っていた、という弾丸ツアーだそうです。私にはマネのできない話だったのですごくびっくりしました。
 今の旅を始めたのは2014年とのこと。でも、冒険館のフラッグを持ってるなら、どうせなら一緒に写真を撮って、植村直己さんをもっと色んな人に知ってもらおう、と考えられ、2015年からはその場所が分かるものの前で、ハーレーとフラッグと一緒に写真を撮られています。そうすると、「なんで植村さん?」と声をかけられるそうで、そこで冒険館のアピールもしていただいてるそうです。日帰りできるプランで行動されるため、1日のスケジュールを綿密に考えられています。目的地に行って写真を撮ることが目的のため滞在時間も短時間。神社の前で写真を撮ってすぐに立ち去ろうとしたら、お参りしていかないの?と驚かれたこともあるそうです。短い時間の中にも人とのふれあいがあるので楽しい、とおっしゃっていました。
 いくつになっても心は青春、とおっしゃっていた佐々木さん。「人間やるのは初めて。だから、なんでも知りたいしなんでも楽しい」と好奇心旺盛な姿は、まさに少年のようでした。冒険は計画8割、行動2割。計画は綿密に、これからも佐々木さんの旅は続いていきます。青春謳歌してください!!(Y・S)
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バリィさんと自転車日本一周 平成28年4月28日
 小雨の中、薄着でなんだか旅人のような方が…。尋ねてみるとやはり旅人でした!吉田惇士さん(愛媛出身)です。自転車で日本一周の途中で立寄ってくださりました。
 旅のきっかけは、世界に出る前に日本を少し知っておこうと思ってはじめられたそうです。ルートは、愛媛県今治からしまなみ海道、中国山脈の山並み山道を通って日本海側へ、そこから基本時計まわり。本日は出発して15日目。旅での思い出エピソードはたくさんあるそうですが、その中で一週間鳥取に滞在中、夜通し釣りをして金ブチのナマズを釣り上げたり、地域おこしの一つのリノベーションしてオープンさせたカフェのお手伝い、写真家が美術館オープンさせるためのお手伝い、シェアハウスの床をDIYするお手伝いなどたくさんの方と交流できて、学ぶことも多くあったといわれます。
 植村さんについて一番驚いたことは、身長だそうです。少し小さな体でとても重いリュックを背負って単独で山を登ったり冒険をする、面白く、すごい人。人柄も謙虚さを忘れないところがとてもいい人だなと思った。といわれます。
これからの夢をお聞きすると、今は目の前のことを続ける。その後、地元の町おこしに努めて、移住食はもちろん遊学育農?愛を提供できる場を作りたいとのこと。
旅は10月くらいまでの予定。これからもいろいろな方との出会いが待っています。それが、今後の夢の実現へと近づけてくれると思います。まだまだ、朝晩冷え込むときもありますが、相棒のバリィさんと一緒に体調に気をつけて旅を続けてください!
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地球チョキ旅 平成28年4月12日
 ヒッチハイクの旅3年目の小田将生さん(兵庫県:22歳)は、植村直己冒険館がある豊岡市在住の旅人です。豊岡市をベースに、目的地を定め、ヒッチハイクで目的地に向かいます。今日は、旅のゴール。旅の資金を作るため冬の間、白馬のスキー場で働き、またヒッチハイクで豊岡に到着し、冒険館に立ち寄ってくださいました。冒険館はもう3度目です。植村を尊敬し、出身が同じであることを誇りに思い、出会った人に植村の話をするそうです。
 小田さんのヒッチハイクの旅には、自分自身の決めごとがあって、行き先をスケッチブックに書き(下の写真)、自分から声をかけずに、ただただ立って、車が止まるのを待ちます。旅を始めたころは、自分から声をかけ乗せていただいていたそうですが、ごり押し感があって申し訳なく思っていたそうです。黙って立っていると、興味を持ってくれた人たちが、車を止め、快く乗せてくれるそうです。車中でも話が弾み、中には自宅に招かれることもしばしば。その一瞬の出逢いで、自分の旅を応援してくれる方がたくさんいることを感謝していると小田さん。乗せていただく車は、ほとんどが乗用車で、ファミリーや仕事で移動中の方が主だそうです。
 この旅を始める前、小田さんには、海外で美容師がしたいという夢がありました。その夢が、旅をしたいという思いへとつながり海外へ。東南アジア(タイ、カンボジア、ベトナム、フィリピン)を4か月かけて周りました。
旅のタイトル『地球チョキ旅』の“チョキ”は、ハサミでチョキチョキ…のチョキです。
実際、美容師の見習いを3年務めた経験があり、行った先々で出会った人々の髪をカット。しかし、まだ見習いだったので、カット料をいただくのは申し訳ないと、おもにホームレスの人の髪をカットしたそうです。それを見ていた現地の方が、宿を提供してくれることがあり、泊まるところにはあまり苦労がなかったと。
 自宅に帰った小田さんは、準備を整え、5月から中東〜ヨーロッパに向かいます。
人は社会人になると落ち着いてしまうが、大人になってもやりたいことを追い続け、夢を持って生きていきたいと話してくださいました。“やろうと思えば何でもできる”植村のこの言葉を胸に次の旅へと向かう小田さんです。
豊岡に戻った時は、必ず冒険館に寄りますと約束してくださいました。小田さんにとって冒険館がベースキャンプになればと思います。
くれぐれも気をつけて、安全に行動してくださいね。帰りを心待ちにしています!いってらっしゃい!(M.O)
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旅ランナーいっちーの日本一周☆旅ラン 平成28年4月11日
 “いっちー”こと一ノ枝亮輔さん(山口県:30歳)は、走って47都道府県を走破し、日本一周する『旅ラン』を計画、2015年9月東京をスタートしました。出発当初、ザックの総重量は約15キロ。現在はテントを省いたため約12キロの荷物を背負って走ります。持たせていただきましたが、かなりの重さ!歩くだけでも大変ですが、走るのですからとてもじゃない重さです。
 昨年まで働いていた会社を辞め旅に出ることを決心。自分は何をやりたいのか、何が好きなのかを考える期間があり、フルマラソンやトライアスロンの経験があったことから、今の旅につながっていきました。休職という選択もあったそうですが、ここはきっぱりと仕事を辞めてリセットした状態でのスタートとなりました。
 東京を出発後、太平洋側を西へ。四国、九州、沖縄を走り、日本海側を周って冒険館へ。
旅に出る前、以前冒険館にも訪れてくださった高繁勝彦さんと出会い、旅のレクチャーを受けました。またFacebookで知り合った前田将克さんともやり取りし色々な情報を得ました。旅人の輪の広がりを感じます。
 毎日40〜50qの距離をひたすら走ります、毎日フルマラソン、しかも重い荷物を背負って…驚異の体力です。今のところ大きなケガや故障もないということにさらに驚かされました。
旅に出るにあたって、はじめは家族には反対されたそうですが、だんだんと協力してくれるようになったことにも感謝。これだけの距離を走るとやはりシューズもかなり消耗が激しく、今で4足目。自宅にストックしているシューズを旅先に送ってくれるなどの家族のサポートも大きな力です。
 冒険館は、旅の途中に立ち寄ることを計画してくださっていたそうで、ここに来て植村さんの人柄に愛を感じますと。植村さんは、冒険をしていない時にも、人間としてのヒントを与えてくれる気がしますと話してくださいました。
またこれから、東北、北海道へ向かう一ノ枝さん。自分の中に見え隠れする“世界への旅”も、この旅が終わるころには明確な目標になっているかもしれません。
頑張ってくださいね、いっちー!(M.O)
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日本百名城&百名山を目指し自転車で日本一周(どんぐりNO.1793) 平成28年3月31日
 長いヒゲを蓄えた旅人は、山田泰佑さん(32歳:京都府)です。2014年4月に伸ばし始め、7月に旅をスタートさせました。1年8カ月でそのヒゲもかなりのものです。来館された時、ひと目で旅をされている方だとわかりました。
 旅のきっかけは、会社員として7年間過ごしましたが、なかなかまとまった休みが取れず、旅という旅をしたことがなかったということもあり、城好き、建築物好きが高じ、旅に出ることを決めました。手段は、自転車。自転車のスピードが、いろんなものが目に飛び込んでくる、ちょうどいいスピードだそうです。
京都を出発し、北海道を目指し北上、太平洋側を南下し、関東から長野へ。四国では、お遍路を経験し九州だけで9000qも走られたそうです。たどったルートを振り返ると、ジグザグでまるで心電図のようだと言われます。それだけあちこちに興味があり、寄り道していくうちにかなりの日数を要していますが、それも旅の醍醐味です。
この2年余りの旅でかなり筋肉量も増えました。筋肉力に比例するように夢もどんどん広がり、やってみたいことがどんどん増えていくようです。
冒険館に立ち寄り、植村さんの冒険に触れ、やりたいことが増えて行くという部分で、植村さんに親近感を覚えるとともに、やはりその意志の強さがうらやましい…と山田さんは話されます。
 あと10日ほどでこの旅を終えることとなり、一旦自宅のある京都に戻り、荷物の出入りをして、旅の集大成として高野山に自転車で向かわれます。またここにも過酷な自転車行が待っています。
長い旅で身に付けた経験と筋肉を活かして、また次の目標に向かって突き進んでください。
 旅を終えた後、おごそかにヒゲの断髪式を行われるそうです。(M.O)
右写真:毎日更新される手書きデジタル風?総走行距離
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世界五大陸最高峰への挑戦  by自転車 (どんぐりNO.1597) 平成28年2月11日
以前冒険館にお越しいただいた市川高詩さん(東京都)からお便りをいただきました。現在、五大陸最高峰登頂を目指し世界を自転車で走られています。先日ニュージーランドで荷物の大部分を盗難にみまわれました。その際に、どんぐりフラッグを失ったため、もう一度購入したいとの内容でした。
 市川さんは、2014年6月24日にデナリ(旧:マッキンリー)に登頂。これを皮きりに挑戦が始まります。
現在、ニュージーランド最高峰Mt.cook登山と語学習得のためニュージーランドに滞在中の市川さんからマッキンリーでの植村のエピソードが届きましたのでご紹介します。あらためて植村の人柄を感じ、この2月という時期に植村を偲ぶ内容です。

(以下、市川さんからのメール)
 マッキンリー夏期登山をして感じました、マッキンリー冬季登頂は偉業です!
また、下山後タルキートナからアンカレッジに帰る交通費を節約のためにヒッチハイクをした時、
タルキートナで植村直己さんと遊んだことがあると言う登山家のおじいさんが車に乗せてくれました、
彼はアンカレッジに着くまでの間、冬のマッキンリーの事やアラスカの他の素晴らしい山々について易しい英語で私に教えてくれました、
そして直己はナイスガイだった!と熱く語ってくれました、
私の胸も熱くなり、彼の車の助手席に座りながら涙が出そうでした。


これからも行く先々で植村の存在を感じられることと思います。
どうぞ安全に行動してください、応援しています!(M.O)
(右写真:Mt.cookに咲く“マウントクックリリー”)
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親子でキリマンジャロに挑戦。頂上で弾き語ります(どんぐりNO.1788)
平成28年2月7日
 今、やり残したことは何だろう…藤本明生さん(50歳:兵庫県)は、自分に問いかけ、果たせなかった夢を今度は、息子さんの巧佑さん(20歳:山岳プロ学科専門学校生)と目指します。
 目指すチャレンジの舞台はアフリカ最高峰キリマンジャロ(5895m)です。そしてキリマンジャロの頂上で、「夢を追いかける男」をテーマにしたオリジナル曲「Be a Man」を弾き語ります。
 藤本さんは、23歳の時にキリマンジャロに挑戦。1日目、ケニアの首都ナイロビで弾き語りのパフォーマンス。2日目はマサイ族の家に泊めてもらい、3日目、土砂降りの雨の中、ギターをかついで登山開始。8日目(下写真参照)。9日目、あと600mのところで高山病に勝てず、猛吹雪の中、遭難。救助隊に救助され九死に一生…。その後、見たこと、感じたことを唄にして伝えたいと、ギターを担いで世界6大陸を周りました。
 そして満を持して50歳の節目に考えた、やりたい事、できない事、やり残した事。巧佑さんに語るうちに、巧佑さんが賛同、同行することを決心。その計画書をいただきました。こうして公言することで、自分自身に発破をかけ、また支えにするんだと藤本さんはおっしゃいます。そう!植村もそうして夢を実現してきたんですよね…。
 2017年2月を実行日と決め、この一年間で、登山のスキルアップを目指します。減量に始まり、月に二度の登山、高所での弾き語り訓練などなど、メニューはギッシリです!
 若いころ、植村に影響を受けたこともあり、今日、ここに来たのもパワーを充電するため…きっと植村から大きな力がもらえたことと思います。
 こうして自分自身にプレッシャーをかけることで着実に自信をつけ、キリマンジャロに向かわれる藤本さんです。熱い想いと、力強い唄を聞けば、ワクワクしてきます。スキルアップの成功を祈りながら、その先のキリマンジャロの頂上に立たれることを応援しています!親子で見るキリマンジャロからの景色はきっと素晴らしいものだと思います。今日は、ありがとうございました!(M.O)
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