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植村直己冒険館
お問合せ:boukenkan@
city.toyooka.lg.jp
〒669-5391
兵庫県豊岡市日高町伊府785 
TEL:0796-44-1515 FAX:0796-44-1514
 


 
2006年のひとりごと
 

 1月 5日 新年明けましておめでとうございます。
 1月 6日 迷路!? 完成
 1月21日 直己さんが消えた2月・・・
 1月22日 旅人シリーズ7
 1月27日 Naomi is great!!
 2月12日 2月12日、天候 雪・・・
 2月17日 2005「植村直己冒険賞」決定!
 3月13日 冬に逆戻り〜(><)
 3月19日 夢を持つこと
 3月20日 パワーをありがとう!
 4月 6日 サクラサク
 4月15日 お花見をしませんか
 4月24日 先輩に学ぶ
 4月29日 植村直己の今日は何の日?(4月29日)
 5月 5日(1) クイズ全問正解!!
 5月 5日(2) ゴールデンウィーク真っただ中!
 5月11日(1) 植村直己の今日は何の日(5月11日)
 5月11日(2) 企画展が終了しました。
 5月21日 旅人シリーズ8
 5月23日 ユリノキの花が咲きました!
 6月 3日 感動の第10回植村直己冒険賞授賞式
 6月 5日 旅人シリーズ9
 6月16日 旅人シリーズ10
 6月20日 植村直己の今日は何の日(6月20日)
 6月26日 旅人シリーズ11
 6月27日 恐竜を見に行こう!
 6月29日 旅人シリーズ12



  7月14日 植村直己さんのように羽ばたけ!
  7月22日 いよいよ本番
  7月25日 植村直己の、今日は何の日?(7月25日)
  7月27日 旅人シリーズ13
  7月29日 全員、無事ゴールしました!
  7月31日 植村直己の故郷、大冒険
  8月 1日 永瀬忠志さん出発
  8月 7日 先生のトライやるPart1
  8月 8日 自然ふれあい教室
  8月10日 先生のトライやるPart2
  8月12日(1) 先生のトライやるPart3
  8月12日(2) 旅人シリーズ14
  8月21日 先生のトライやるPart4
  8月24日 先生のトライやるPart5
  8月26日 植村直己の、今日は何の日(8月26日)
  9月 9日 旅人のコーナーを作ってみました。
  9月10日(1) 日本の“てっぺん”に立ちました!(1)
  9月10日(2) 日本の“てっぺん”に立ちました!(2)
  9月10日(3) 日本の“てっぺん”に立ちました!(3)
  9月10日(4) 富士山のお・ま・け
  9月18日 頑張れ、国体!
  9月26日 世界レベルの選手が日高に集結
 10月 1日 お立ち寄りいただきました。
 10月20日 植村直己の、今日は何の日?(10月20日)
 10月28日 深まる秋
 11月27日 植村直己の学ぼう体験活動
 12月 4日 冒険館号に乗って〜
 12月22日 これ、な〜に!?

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これ、な〜に!?
   平成18年12月22日
 みなさん、写真の物体は何でしょう…
実はこれは、クライミングウォールのホールド(取っ手)なのです。赤・青・黄・緑、4色のホールドがあるのですが、だんだんと色があせてきて、汚れが目立ってきたので、ここでリニューアルすることにしました。ひとつひとつ取り外し、水洗いして、スプレーで色を吹き付けます。今、その作業の真っ最中です。
 よく見ると、ホールドの形が、カエルだったり、鳥だったり、カメがいたり…新しい発見です!(今までちゃんと見てなかったのですが…f ^ ^;)
 新年には、生まれ変わったクライミングウォールを楽しんでいただけると思います。さあ、作業開始っ!
 そういえば、昨年の今頃、大雪で、雪の中クライミングを楽しんでいただきました。今年は、どうしたことか雪が降りませ〜ん。昔からの言い伝えで、カメムシが多い年は豪雪、少なければ暖冬…当っているような。
暖かいお正月になるのかな…  (M.O)
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冒険館号乗って〜
   平成18年12月4日
 但馬地方も初雪が降り、すっかり冬景色となり、寒い毎日が続いています。
 日本海側では、カニシーズン到来とあって、たくさんのお客様で賑わっているようです。但馬地方にお越しになった方々に、一人でも多く植村直己冒険館に立ち寄っていただきたいと、浜坂・香住方面を中心にPR活動に回ってきました。
 普段、電話でしか話したことのない施設の方にもお会いして話ができ、出向くことの大切さを実感しました。
この日、浜坂は大粒のアラレ降り、本当に寒い一日でした。
冬本番を迎える風雪の日本海ですが、そこでお客様を迎える方々はとても温かでした。私達冒険館スタッフも、来館されたお客様が来て良かったと言ってくださるような雰囲気作りを心掛けたいと思います。そして、心を伝えるのは“モノ”ではなく、“人”なんだと改めて感じました。(M.O)
写真:浜坂ビーチは、冬色でした
   2007年春にはコンクリート製に架け替えられる『餘部鉄橋』

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植村直己に学ぼう体験活動
   平成18年11月27日
 植村直己さんの母校、豊岡市立府中小学校5年生による『植村直己に学ぼう体験活動』に、同行密着取材をしてきました。
 この体験学習は、総合学習の一環で、植村直己さんについて学習し、その生き方を体験を通して学ぼうというものです。今回は、2005「植村直己冒険賞」受賞者の永瀬忠志さんのリヤカーによる冒険に挑戦、リヤカーをひいて校区内約10キロを歩きました。
 午前9時。28名が2つの班に分かれ、冒険の出発です。
 “植村探険隊”がひくリヤカーは、【スーパーいなか号】、一方“アドベンチャーキッズ”は、【冒険号】を相棒に、“頑張るぞ!オー!”と元気いっぱいの声を上げ、校門を飛び出しました。永瀬さんの【田吾作3号】より、ひと回り小さいリヤカーを隊員が交代でひきます。かなりの傾斜がある坂道では、全員でリヤカーを押し、障害物は、みんなでリヤカーを持ち上げて乗り越えました。
 “植村探険隊”の山平隊長は、「みんなが冒険中、けんかしないように気をつけて歩きました。上り坂がしんどく、途中、足が痛くなったりしたけれど、ゴールした時はとてもうれしかった」と話してくれました。また、隊員の木下さんは、9月に永瀬さんの話を聞いた時の事を思い出し、たった一人でリヤカーをひいてサハラ砂漠やアマゾンに行かれた永瀬さんはすごい!とあらためて思ったようです。
 永瀬さんがジャガーの出現を怖れていらしたように、子供たちは、熊出没に注意を払っていたようで、リヤカーに取り付けられた“熊よけの鈴”には、周到な準備に感心しました。
 校区内を周り、普段通り過ぎてしまう景色をじっくり見たりする中で、地域の良さを再確認出来たのではないでしょうか。疲れた様子でしたが、ゴールの校門が近付くと自然と足取りも再び軽くなり、笑顔のゴールでした。
 府中小学校5年生のみなさん、みなさんは“あきらめず頑張りぬく力”が身についていると思いました。
これからも、植村直己さんの“チャレンジ精神”受け継いで行ってください。おつかれさま!!(M.O)
写真:植村探険隊がゆく!
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深まる秋
   平成18年10月28日
 日暮れが早くなり、朝夕の冷え込みが感じられる季節となりました。山々も少しずつ色づき始め、今年はどんな紅葉を楽しませてくれるのでしょうか。冒険館のユリノキ並木もすっかり色づき、落ち葉でいっぱいです。これも秋の訪れを感じさせてくれる秋の風物詩です。行楽には一番いい季節ですね。土・日は、行楽のお客様で賑わっている冒険館です。  
 ユリノキの葉っぱが落ちてしまった頃、ここ日高は雪が舞い始めます。少しでも長く紅葉を楽しめたら…と散りゆく葉っぱを眺めながら思いました。
そういえば、今年は熊の目撃情報が多数聞かれます。この辺りでも、猪をよく見かけます。冬の訪れが早いのか、山の動物達も冬を越えるために懸命なのでしょう。人への被害が出る前に山に帰ってくれることを願います。
 北極圏では、一昨日、今期最後の太陽となったこと、この季節、冬に向かう雨が降ったいう情報をいただきました。
 今回は、いろいろな、秋の訪れをご紹介しました。みなさんも、小さい秋を見つけに出かけてみませんか…。(M.O)
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植村直己の、今日は何の日?【10月20日】
   平成18年10月20日
 1971年(昭和46)、植村直己さんは、日本列島3000キロを52日かけて徒歩で縦断しました。8月30日に稚内を出発し、10月20日鹿児島県に到着。
 マッキンリー登頂により五大陸最高峰登頂を成し遂げた植村さんは、さらなる目標を垂直から水平の世界…、南極大陸3000キロ単独犬ゾリ横断に切り替えたのでした。その3000キロの距離感をつかむため、日本徒歩縦断を試みたのです。
 腹巻にパンツ1枚と所持金わずか3万5千円。洗面用具なし、雨ガサなしに地図も持たなかったそうです。毎日明け方に起き、日が暮れるまで1日平均58kmを歩きました。札幌では、泥棒と間違えられ警察へ連行されたり、道端で寝ていて長距離トラックにひかれそうになったそうです。
 途中37日目に、日高町の実家にも寄り、一泊しましたが、ジャージに運動靴姿の直己さんを見て、母・うめさんは「おまえ、何しとるんじゃ」とつぶやかれたそうです。
 30歳の秋、直己さんは、久しぶりの故郷を何を考え、感じ歩いたのでしょう…。南極への夢のプロセスのひとつとしてチャレンジした日本徒歩縦断。沸々と南極への想いが高まっていったに違いありません。
 3000キロを歩いた感想を、直己さんは「やっぱり長いです。ただ漠然と長いなァという感じですね。」と語っています。(M.O)
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お立ち寄りいただきました
    平成18年10月1日
 いよいよ、のじぎく兵庫国体が幕をあけました。日高町のあちらこちらで選手のみなさんをお見かけします。 今日、福岡県の選手のみなさんが、冒険館に立ち寄ってくださいました。
みなさん、とにかく元気な方ばかりで、冒険館の中にパワーがみなぎり、パッと明るくなったようでした。選手のみなさん、直己さんに“頑張る力”を分けてもらえたでしょうか。私達スタッフはみなさんにパワーをいただきました。
 福岡県は、明日、北海道チームと対戦されます。ぜひ、頑張ってください!
 
冒険館は、頑張るすべてのチャレンジャーのみなさんにエールを送ります。 (M.O)
写真:福岡県の選手のみなさん
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世界レベルの選手が日高に集結
    平成18年9月26日
 国体競技ソフトボールの開催に伴い、選手団が9月29日ごろから日高入りされます。選手の皆さん、そして大会を支えるスタッフの皆さんに向けて応援メッセージを送ろうと、国道沿いに“国体激励看板”を作りました。
 冒険館に隣接する植村直己記念スポーツ公園でも、10月1日から熱戦が繰り広げられます。見どころは何といっても世界最速の剛速球!時速100kmを超え、野球に換算すると170kmに相当すると言われています。日高で世界を感じることのできる、またとないチャンスです。ぜひ国体会場へも足をお運びいただき、世界レベルのスピード・テクニックをお楽しみください。(M.O)
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頑張れ、国体!
    平成18年9月18日
 来る9月30日〜10月10日、“ありがとう、心から・ひょうごから”をスローガンに、のじぎく兵庫国体が開催されます。日高町では、ソフトボールが開催され、但馬ドーム、植村直己記念スポーツ公園を会場に熱戦が繰り広げられます。 国体を目前に、町全体が国体歓迎ムードで盛り上って来ました。
 9月16日、小雨の中、炬火リレーが行われました。採火された炬火は、県内をリレー形式で引き継がれ、9月30日、神戸で行われる開会式を目指します。
 期間中、選手の皆さんを初め、応援の方々が、植村直己冒険館にもお越しいただけることと思います。植村直己冒険館も一生懸命頑張る、すべての皆さんにエールを送ります。(M.O)  写真:国民の熱い期待を運ぶ、炬火リレー
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富士山の、お・ま・け
  平成18年9月10日(4)
 『冒険館に立ち寄られたチャレンジャー』をご覧ください。7合目の山小屋に到着した際、“日本のてっぺんで働く旅人”として6月5日にご紹介させていただいた北村元気さんに連絡を取ってみました。
 北村さんの働く山小屋は、私達の宿泊する山小屋の200m上にあります。電話をしたとき、ちょうど屋根の上で作業中でした。大きく手を振ってくれる北村さんが見えました。このような形で再会できるなんて、またまた感動です!元気な声を聞いて安心しました。
もうすぐ北村さんも富士山を下り、自分のチャレンジに向かわれることと思います。富士山で得たエネルギーを次のチャレンジに活かして頑張ってください。 (M.O)    
写真:屋根の上(左から2つ目の建物の上)で手を振る北村さん(見えますか?)
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日本の“てっぺん”に立ちました!(3)
  平成18年9月10日(3)
 下山しホテルに戻ると、渡邉玉枝さんが、出迎えてくださり、皆さんに労いの言葉をかけてくださいました。そして短時間でしたが、渡邉さんの山のお話しを聞くことが出来ました。参加者の皆さんも、登山の過程を振り返りながら、渡邉さんのお話しに聞き入られていました。
 渡邉さんは、50歳を過ぎてからヒマラヤの山々に挑戦され、63歳でエベレストに登頂。以前植村直己冒険賞授賞式の記念講演で山の素晴らしさを語ってくださった時のことを思い出しました。
 そして今、富士山の麓で聞く渡邉さんのお話は、何よりのご褒美
  をいただいたようでした。
 今回、体調が優れず、残念ながら9合目で断念せざるをえなかった、Yさん(73歳・男性)は、行ける所まで行こうと一歩が出なくなるまで、あきらめませんでした
 9合目まで上がったところで登頂を断念。「ここまで来れただけで十分。一生涯の思い出が出来ました。支えてくださった皆さんにただただ感謝。迷惑をかけました…本当にありがとう、ありがとう…。」何度も何度も頭を下げられました。 一番しんどいのは、自分なのに…。
お父さんを温かく見守った娘さんの素晴らしいサポートにも感動しました。
7合目でご来光に手を合わせるYさんの姿を思い出し、胸が熱くなりました。

 こうして、数々の出会いや感動を生んだ“植村直己の足跡を辿る旅、富士山登山”は無事終わりました。
いつまでもチャレンジし続けること、あきらめないことを参加者の皆さんから教えていただきました。そして、この富士登山が皆さんのこれからの人生の礎になることを願います。 
来年も、大勢の皆さんの参加をお待ちしています。  (筋肉痛に苦しむM.O)  
  写真:(上)笑顔の登頂!
      (中)富士山全景…登るも良し、眺めるも良し。
      (下)渡邉玉枝さん
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日本の“てっぺん”に立ちました!(2)
  平成18年9月10日(2)
 9月9日、午前4時起床。気温10℃。
 朝食を済ませ、身支度を整え、5時20分出発。
元気に出発したのですが、やはり途中、軽い高山病にかかり、食事が食べられなかったり、眠気がしたりと苦しまれた方もありました。そばで見ていて、なんとしても登頂させてあげたい!そんな気持ちでいっぱいになりました。それでも「頑張りましょう!ゆっくり深呼吸して」と声をかけるぐらいしか出来
る事はなく、あとは皆さんの気力を信じるだけでした。自分なりに呼吸を整え たり、歩くスピードを落としたりしながら、それぞれの体調不良のピークを乗り越え、3776mの頂きに立つことができました。山頂に立った皆さんの顔は、
 本当にすがすがしく、達成感に満ち溢れた表情でした。
 「頑張りましょう!」とお互いが声をかけ合いながら登る…個々に山頂を目指していたはずが、いつのまにか“チーム登山”へと変って行ったような気がします。素晴らしい絆が生まれた瞬間でした。
 
兵庫県宝塚市から参加していただいた、Oさん(65歳・女性)は、初めての登山と言う事もあり、装備をはじめ体力的なことなど、数々の心配があったようで、出発前何回かお電話をいただきました。私も当然、富士山登山は初めてのこと。色々お話しをした後、一緒に頑張りましょう…と言葉を交わして受話器を置きました。
 出発当日、お会いして話を聞くと、富士山に登ると決めた日から毎日、マンションの階段の上り下りのトレーニングをされていたそうです。Oさんは、何も努力せずに、しんどくなって登頂できないのは悔しいと思い、努力をされたそうです。その頑張りには心から頭が下がりました。
「不安から希望へ…この富士登山で、素晴らしいプレゼントをいただきました。」とOさん。
 他の参加者の皆さんとも事前に電話でお話しをさせていただき、皆さんの思いを聞いていただけに、今回の登山が自分にとっても素晴らしい経験になるだろうと感じました。
 私を頂上へ押し上げてくれたのは、一緒に登った皆さんの温かい心遣いはもちろんのこと、協力してくれた冒険館の仲間、快く送り出してくれた家族のおかげだと思うと感謝の気持ちでいっぱいになりました。そしてあらためて山の素晴らしさを教えていただきました。つづく…  (M.O)        写真:(上)ご来光
                                                       (下)7合目出発
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日本の“てっぺん”に立ちました!(1)
  平成18年9月10日(1)
9月7日〜10日、“植村直己の足跡を辿る旅、富士山登山”に参加させていただき、今年の目標であった富士山に無事登頂しました。8月の中旬、プライベートで別の富士登山ツアーに申し込んでいたのですが、台風の上陸でツアーが中止。残念無念で、ふさぎ込んでいたのですが、思わぬチャンスをいただきました。
 参加者は14名。30代から70代と幅広く、一生の思い出に…と言う方、また
以前、途中で体調を崩し登頂できず今回リベンジの登山となった方、お父さんのサポート役として参加いただいた、ご姉妹。それぞれの思いを胸に出発しました。
 5合目から6合目付近まで、地元の河口湖町在住で、2004「植村直己冒険賞」受賞者の渡邉玉枝さん(67歳)が同行してくださり、渡邉さんから岩肌に咲いている花や富士山の自然について、また無理のない山の歩き方などの話を聞き、次第に緊張感や不安感が少しずつほぐれていきました。

 「人を励ますことで、自分にも自信が持て、自身の励みにもなります。ゆっくり、ゆっくり…」と、登山ガイドをしてくださったヒマラヤ観光の井本さんにアドバイスを受けながら、1歩1歩ゆっくりとした足取りで、まず7合目を目指しました。
 9月8日午後16:30、登山開始から約3時間。七合目到着。気温14℃。
 荷物の整理をし、夕食のカレーをいただきました。2800m、雲の上で食べるカレーの味は格別でした!
 そして自己紹介と登山への意気込みを語り合いました。ご自身、体力的に心配だったHさん(72歳・男性)は、7合目に着いた喜びと登頂への想いが胸を詰まらせ、感極まった様子でした。その姿に、私も胸が熱くなりました。
 夕食後、今回、同行してくださった植村直己冒険館元館長で、直己さんの同級生でもある正木さんから、植村直己さんにまつわるエピソードなどお話しを聞きました。
 かつて、植村直己さんも学生時代、トレーニングとして登ったという富士山。直己さんの強い精神力も1つ1つ山を登る事で培われて行ったのだと思うと感慨深く、到底足元には及ばないけれど、少し…ほんの少しだけ強くなったような気がしました。    つづく… (M.O)  写真:(上)直己さんにまつわるエピソードを聞く
                                         (下)七合目からの眺め
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旅人のコーナーを作ってみました。
    平成18年9月9日
 冒険館には、これまでさまざまな方にお越しいただきました。たまたま通りがかりで看板が見えたから来たという方もいれば、冒険家植村直己をもっと知りたくて来られた方には、我々の方が植村直己さんのことについて逆に教えてもらうこともあります。
 さて、その中には、日本一周している途中に立ち寄った、という方もこれまでにもたくさんいらっしゃいました。また、日本一周だけでなく、展示室で、『どちらからお越しくださったのですか?』という会話の延長で、これまでのチャレンジ業績をお聞かせいただくことがあります。たくさんの方がそれぞれの立場でいろんなチャレンジをされていることにビックリさせられます。
 これまでは会話の中だけで終わってしまっていたのですが、『立話だけではもったいない、他の来館者にもこの話がきっかけとなって、自分もやってみようと思われるかもしれない』と考え、HPの中で紹介できればと考えました。『大冒険』はできなくても、自分の気持ちの中で挑戦する心を持ち続けることことが大切だと考えております。全国のチャレンジャー・旅人の皆さん、ぜひ冒険館にお立ち寄りください。そして、挑戦や旅の話を我々スタッフにお聞かせください。冒険館が皆さんの心のオアシスとなり、これからチャレンジしようと考えている方に勇気をください。このような交流の場となる冒険館になればうれしく思います。
◇◆◇◇◆◇◆
 これまでお越しいただきました皆さまを、このたび新たに『冒険館に立ち寄られたチャレンジャー』のページをつくり紹介してまいります。まだまだ未熟なページではありますが、立ち寄られた皆さま方のお力添えをいただきながら今後充実させていこうと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。  (T.F)
  写真:バナー(?)も初めて作ってみました。(クリックすると旅人のコーナーにジャンプします。)
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植村直己の、今日は何の日?【8月26日】
    平成18年8月26日
 1970年8月26日、植村直己さんは、マッキンリー(6194m)の単独登頂を果たし、世界初の5大陸最高峰登頂者となりました。このとき、29歳。日本人として初めて世界の最高峰エベレストに立った、わずか3か月後でした。
 直己さんは、世界の最高峰エベレストに立った時、次の目標は、はるかアラスカにそびえる北米大陸の最高峰、マッキンリーに思いを馳せていました。まだ誰も世界五大陸の最高峰の全てを極めた人がいないと聞いた直己さんは、ぜひ自分の足でしかも単独でいち早くなし遂げたかったのです。

午後3時15分―。
ついに私はマッキンリーの頂に立った。モンブラン登頂以来5年目、やっと世界五大陸の全峰を極めたのは、私が初めてだ。
  「オレはやったのだ」
そう思うと、信念さえあれば何でもできると自信を強めた。そしてマッキンリーの頂きに立つと、夢はさらにふくらんできた。実現はさらに夢を呼び、私は登頂した感激よりも、南極大陸単独横断の夢が強く高鳴り、自分の人生はこれからはじまるのだと、出発点に立った感じであった。
                                               『青春を山に賭けて』より

偉業を成し遂げた直己さんが、世界の英雄とたたえられる舞台となったマッキンリーが、14年後、植村直己の最後の山になるとは、誰が想像したでしょう。直己さんを飲み込んだこのマッキンリーでは、今もなお
『NAOMI UEMURA』の名が語り継がれているそうです。                        (M.O)
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先生のトライやる Part 5
    平成18年8月24日
 植村直己冒険館での3日間の社会体験は、私にとってとても感慨深いものになりました。
 私にとって3つのプレゼントをもらいました。
 1つ目は、植村直己さんとの距離感が縮まったこと。
 高校時代、植村直己さんの講演を聞く。冒険に情熱を燃やす人のイメージだった。そして、4月から教師になるという2月。ラジオで消息不明を知る。あれから22年、遠ざかっていた植村さんだったが、この体験で植村さんに手が届きそうになり、笑顔や人柄に親近感が沸いてきた。
 2つ目は、夢がらせん状につながっていくということ。
 忙しい日々の中で、夢も小さくしぼみ、小目標もプツプツと細切れでステップアップできない…。夢を広げ、つなげる素晴らしさを知った。
3つ目は、夢を語るということ。
 大人になればなるほど人前で夢を語ることを尻込みする。語ることで、実行の原動力となる。
教師として子供たちに夢を語っていただろうか。でっかい夢を持つ大切さ、それを実行に移すエネルギー。

そして、今、植村直己さんと同じ43歳。人生のものさしをゼロにリセットして、自分の夢も模索していきたい。
                                                            (Y先生)  
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先生のトライやる Part4
    平成18年8月21日
 植村直己さんにどっぷり浸った3日間でした。貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。
植村直己さんの冒険・周りの人に対する気持ちを知り、改めて植村直己さんのファンになりました。
 この体験をさせていただく前は、植村直己さんの功績は大まかに知っていましたが、その時々の思いや周りの人との交流についてはほとんど知りませんでした。今回の体験を通して「植村さんはあの時こう感じていたのだろうな」とか「こんな風に感謝の気持ちを表していたんだ」という発見がありました。そしてそれはそのまま「多くの人にこの気持ちを感じてほしい」、「自分は今こう考えるべきではないか」という気持ちにつながっていきました。
 冒険に向かう植村さんの心を想像することで、自分に対して色々な問いかけをされた3日間となりました。
そして、植村さんを通して関わりを持てた冒険館のみなさん、お客様との出会いも大切な思い出となりました。(S先生)       
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旅人シリーズ14
平成18年8月12日(2)
 福岡からバイクでお越しになった泉秀夫さん(36歳)。8年ほど前にも冒険館に来館していただいたそうですが、今回は群馬県を目指す途中で立ち寄っていただきました。というのも泉さんは、群馬の過疎地の村で開校している山村留学(都会に住む子供達が田舎体験をする)の講師を数年前にされており、その時の教え子たちとの再会を楽しみに、年に一度この時期に群馬を訪れるそうです。
 高校生の時に『青春を山に賭けて』を読んで植村直己さんに憧れ、今までに植村さんに関する本はほとんど読まれたそう。子供が大好きな泉さんが、山村留学に興味を持ったきっかけは、植村さんがミネソタのアウトワード・バウンド・スクールで野外教育の指導法を学んだことにとても影響されたから。情報が氾濫し、お金を出せば何でも手に入ってしまう世の中だけど、子供達には大自然のなかで思いっきりチャレンジし、そこからたくさんのことを学んで欲しいとおっしゃってました。そんな泉さんの夢は、いつの日か野外学校を建てること。子供たちの居場所を作り、自然や人との関わりを大切にしていける環境を作りたい、と夢を語っていただきました。
 泉さんは、ウクレレやギターなどの楽器を作っておられ、自然の素材である“木”のぬくもりに触れると「あ〜日本に生まれてきてよかった」と実感するそうです。そんな“木”の良さも多くの人たちに伝えていけたらなぁと・・・。子供たちとのふれあい、また自然とのふれあいを大切にする気持ちが、泉さんの穏やかな表情とやさしい口調からうかがえ、こちらも心和むひとときを過ごさせてもらいました。泉さん、夢の実現に向けて頑張ってくださいね!(F.S)  写真:自慢のカブで登場の泉さん  
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先生のトライやる Part 3
平成18年8月12日(1)
 冒険館でトライやるをさせていただくにあたり、吉谷館長さんより、「植村さんの人となりを感じてほしい。」と言われた言葉が心に響きました。
 3日という短い期間でしたが、どっぷりと植村さんに浸らせていただき、植村さんを後世に伝える意味、また冒険館の存在の意味を改めて感じました。 
 日々、じっくりと物事を考えず、時間に流されている私にとって、植村さんや、植村さんを支えてきた多くの方々の生き方、考え方を知る中で、“生きることの意味って何だろう”と、心を揺さぶられ続けた大変貴重な3日間でした。また、植村の人となりをひとりでも多くの人々に伝えて行きたいという職員の皆さんの強い意気込みに敬服しました。
 私も、植村さんと同じ日高町に住む一人として、これからは自信を持って植村さんの生き方を伝えて行きたいと思います。ありがとうございました。(T.Y先生)     写真:お客様に館内の説明をされるY先生
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先生のトライやる Part2
平成18年8月10日
 「先生の社会体験において、何かをするではなく、植村直己を個々に感じ、何かを学び取り、学校に帰ったときに子ども達に植村直己の素晴らしさを伝えてください。」という吉谷館長の言葉に私は熱意と衝撃を受けました。
 この言葉の通り、研修中に私は、植村直己の世界にどっぷりと浸り、彼の謙虚さ、根気強さ、やさしさ、人となりに魅かれていきました。彼への思いが募るほどに、自分に関わる子ども達の顔が浮かび、彼らに植村直己さんの素晴らしさをどう伝えて行くかを考え、生きるということ、人と向き合うということに、真剣に向き合う時間をいただくことができました。
 今後、但馬の子ども達に、彼らと同じく但馬という素晴らしい土地に育ち、大きく飛躍した植村直己さんのように『みんなにも等しく可能性があるんだよ。』ということを伝えるとともに、何より他者を思いやるやさしさと粘り強さを伝え、夢を持った子ども達の育成に従事していきたいと強く思いました。
 植村直己さんはもちろんのこと、冒険館の方、ご来館くださったみなさんに深く感謝申し上げます。
 写真:館内案内中のA.U先生                                        (A.U先生)
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自然ふれあい教室
平成18年8月8日
                     自分だけのオリジナル作品がズラリ!
  
次回は、
  8月18日(金)
  8月19日(土) です

   ☆お待ちしてます
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先生のトライやる Part 1
平成18年8月7日
 豊岡市教員短期社会体験研修という事で、『先生のトライやる』 が始まりました。11名の先生方が、それぞれ3日間の日程で接客をはじめとする業務、また“植村直己の世界”に浸っていただき、植村直己さんの人となりを感じていただくプログラムになっています。
私達職員も、先生方から色々なお話しをお聞きすることができ、いい刺激を与えていただいて勉強になる部分がたくさんあります。
 先生のコメントを頂きましたのでご紹介させていただきます。

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 貴重な体験をさせていただきまして本当にありがとうございました。
3日間、植村直己さんの世界に浸らせていただき、ますます直己さんのことが大好きになりました。
心豊かに温かくなるような3日間でした。
 冒険館にある木を使って、お客様方といっしょにトンボやカブトムシを作り(自然ふれあい教室)いろいろな話をし、、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
 また、展示室ではお客様が熱心に説明を聞いてくださったり、質問をいただいたりしました。みなさんが、とても興味を持ってお越しいただいていると、うれしく思いました。
 冒険館でいろいろなたくさんの方々とステキな出会いを持つことができました。
 こちらで学ばせていただいた、たくさんのことをまた子供たちに返していきたいと思います。そして、植村直己さんの素晴らしさを伝え広げていきたいと思います。(Y.Y先生 & K.H先生)

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  先生のトライやるは、8月24日まで続きます。
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永瀬忠志さん出発
平成18年8月1日
 2005「植村直己冒険賞」を受賞した永瀬忠志さんが南米に向けて、8月1日、日本を出発されました。私は東京まではお見送りできなかったのですが、せめて、伊丹空港まではと思いお見送りに向かいました。
 永瀬さんから聞いたところ、今回の南米行きの目的は、2003年に南米大陸縦断の際に、アマゾン地帯で地元民から「ここからはジャガーがでて危険だからやめなさい」と言われて、やむを得ず船や車で移動した区間を歩くため、だそうです。自分の足で歩くことができなかったのは心残りで、その抜けたピースを埋める旅に出たいとのこと。いかにも永瀬さんらしい発想だと思いました。
 伊丹空港にお見送りに出かけたところ、関係者の方が数人、お見送りに来られておりました。飛行機の出発まであと20分になっても、永瀬さんはお世話になった方と話をされ、更には出発10分前になっても「外は暑いから」といって私たちにも冷たいジュースを買ってきてくれたり・・・。こちらの方が気がもめたのですが、このあたりもいかにも永瀬さんらしい行動だと改めて感じました。
 帰国後、再度豊岡市を訪れていただき、日高地域内の小中学校数校で講演会をする予定もあります。永瀬さんが目標を達成され、元気に、無事帰国されることを心から願っております。(T.F)
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植村直己の故郷、大冒険
平成18年7月31日
 サバイバル体験教室の子供たちがゴールした29日、東京、板橋の植村冒険館が主催する『自然塾』の子供たち17名が日高入りしました。
 「植村直己の故郷で冒険体験」ということで、直己さんが高校時代初めて登ったと言われる蘇武岳(1074m)登山や、テントで1人寝の体験をしました。参加者のほとんどが東京の子供たちです。
 芳野亨君(小4)は、「初めは一人用のテントに寝るのが心配だったけど、やってみると意外と簡単で楽しかった。」と話してくれました。
 また、永江麻帆さん(小6)は、「一番楽しかったことは、蘇武岳に登ったことで、5時間もかけて頂上に着いた時の感動を忘れません」と達成感にあふれた、いい笑顔をみせてくれました。
 最終日となった31日には、植村直己さんのお兄さんを訪ね、お話しを伺いました。そのあと植村直己さんの墓標に線香をあげ、手を合わせました。中には、「ありがとうございました」と頭を下げる子供もいて、とても意味のある“自然塾”だったことを感じました。直己さんもきっと、みなさんの頑張りを「やるじゃないか!」と微笑んで見守ってくれたと思います。
 自分で、“頑張った!”というその思いが、自信となります。直己さんの故郷で、自然をいっぱい体験し、より“植村直己の世界”を肌で感じることができたでしょう。東京に帰っても、この素晴らしい体験を忘れないでください。そして、またいつか冒険館を訪れてくださいね。(M.O) 写真:植村直己ふるさと公園にて
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全員、無事にゴールしました!
平成18年7月29日
 7月22日に冒険館を元気に出発した、「植村直己に学ぶ」サバイバル体験教室に参加の子供たちが7泊8日の行程を終えゴールしました〜。みなさん、おかえりなさい!!
 スタートの時より、真っ黒に日焼けした顔のみなさんは、家族の出迎えを受け、嬉しさとホッとした表情でゴールしました。
 今回の“但馬1周走破キャンプ”は、初日こそ天気に恵まれたものの、雨、35℃を超える暑い日もあり、まさにサバイバル、過酷なキャンプとなりました。悪天候との闘い…自分の体調管理はもちろん、雨で濡れた衣服の整理…自分の力だけが頼りです。たくさんの“やってみる”を体験したことと思います。
あきらめない、一生懸命頑張る…“植村スピリット”がきっと身に付いたはずです。
 山道を自転車で進むのは、とてもしんどかったけど、終わってみると楽しかった!と口々に話してくれました。この8日間で、心も身体もたくましくなりました。みなさんの頑張りに心から拍手!です。今夜は自分のお布団でぐっすり寝てくださいね…。(M.O) 写真:但馬1周走破だ〜〜ッ!
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旅人シリーズ 13
平成18年7月27日
 7月も後半になり、連日降り続いた雨も上がり、但馬地方も真夏の暑さになってきました。
 今回ご紹介します旅人は、愛知県にお住まいの岡本弘明さん(58歳)です。岡本さんは、2年前に愛知県を出発されてから、歩いて北海道へ。その後、日本海側を南下し、兵庫に入り、冒険館に立ち寄っていただきました。
 お尋ねしたきっかけというのが、私が朝の出勤途中に見かけた人だったので声をかけてみたところ、たくさんお話しを聞かせていただくことが出来ました。
 旅をするようになったのは、若い頃に植村直己さんの存在を知ってからで、アマゾン川いかだ下り、エベレスト登頂など植村さんの偉業達成のニュースを聞き、自分も植村直己さんのように冒険しようと思われたそうです。その後、日本一周やオーストラリア大陸などを自転車で縦断されたそうです。旅の中では良い出会いもたくさんあり、旅人同士で仲良くなったり、また偶然にもバッタリ再会したりと人との巡り合いの素晴らしさを実感されたそうです。
 岡本さんにとって植村直己さんは大好きで若い頃からの憧れた雲の上の人なので、「植村直己さんといつも一緒に居られる、こんないいところで仕事が出来ていいね・・」とおっしゃり、冒険館にも、もっと子供達に来てもらって、小さな事でもやる気を持ち実行すれば夢は叶うんだ・・ということを知ってもらえたらと話して下さいました。
 「学校で習ったことより、旅を通じて学んだ事のほうが大きいし、人生観も変わった」と最後にお聞きして、暑い日差しの中、お見送りしました。 (R.O)       写真:麦わら帽子がトレードマーク、岡本さん
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植村直己の、今日は何の日?【7月25日】
平成18年7月25日
 1966年7月25日、植村直己さんはマッターホルン(4478m)に単独登頂しました。ここで直己さんは、岩棚の上にエーデルワイスの花を見つけます。直己さんの著書“青春を山に賭けて”の中で、その時の気持ちをこう、書き記しています。
  
  エーデルワイスの姿は、私を感傷的にした。人の目のつくような登山より、このエーデルワイス  のように誰にも気づかれず、自然の冒険を自分のものとして登山をする。これこそ単独で登っている自分があこがれていたものではないかと思った。

  この数日前、直己さんはヨーロッパ最高峰モンブラン(4807m)単独登頂を成功させています。
モンブランは、1964年に一度挑戦しましたが、クレバス(氷の裂け目)に落ち断念。この時、まさに不幸中の幸い!アイゼンの爪が辛うじてひっかかり、命からがら、はい上がったという苦い経験があり、リベンジの登頂となりました。モンブランの頂きからの眺めは、直己さんにとって格別のものだったに違いありません。
  偉大な冒険をなし遂げる強い気持ちと、ひっそりと咲くエーデルワイスのようでありたい…そんな気持ちの狭間で揺れる直己さんの心情に、私たちは胸を打たれます。(M.O)
写真:エーデルワイス、その清楚なたたずまいは、今もなお…(冒険館展示ギャラリー)
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いよいよ、本番
平成18年7月22日
 7月22日、午前9時。小さな冒険者31名が、但馬一周走破キャンプに出発しました。
連日雨が降り続き、天気が心配されたのですが、今日は朝から、“これぞ夏!”を感じさせるいい天気になりました。
 身支度を整え、自転車に乗り込んだ子供たちは意気揚々といった様子です。これからの7泊8日の旅、彼らをどんなことが待っているのでしょう。仲間達との関わり、孤独との闘いの中、ドキドキ・ワクワク・ヘトヘト…自身がいろんな事を感じるたびに“心”は大きくなります。
 参加者の一人、小笹昇吾君(9)は、「途中、どんなことがあるのかワクワクしています。走り抜いたら自分がどう変わっているか楽しみ」と話してくれました。
 お父さんお母さん達に見送られ、颯爽と冒険館を出発した31名。真っ黒に日焼けし、たくましくなった姿で元気に冒険館にゴールしてくれることを祈っています。(M.O)    写真:冒険館を出発する子供たち
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植村直己さんのようにはばたけ!
平成18年7月14日
 植村直己さんが行方不明になって今年で22年経ちますが、いまだに植村直己さんの記憶が褪せることがないのは、世界中で多くの人に愛された彼の人となりによるものが大きいと考えます。無名の登山家の時代も、世界の植村と呼ばれるようになってからも、人と自然を大切に思う純粋な心は渉外変わることはなく、日本はもちろん世界中の人の心に多くの夢と希望を与え続けています。
 さて、豊岡市では、植村直己の故郷で植村直己さんの精神を継承しようとさまざまな活動がされております。その中の一つに「植村直己に学ぶサバイバル体験教室」があります。毎年さまざまな活動をしていますが、今年は、兵庫県北部、但馬地域を自転車あるいは徒歩でぐるっと一周する計画をしています。行程は8日間、約180キロを予定しています。先日、参加者のトレーニングキャンプがありました。当日の食事は自分で調理しなければならないため、その練習も兼ねています。本番は7月22日(土)からです。ただ移動するのではなく、何は植村直己さんの行動を頭の片隅におき、行く先々で交流を深めながらの有意義なキャンプになることを願っております。(T.F)
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 旅人シリーズ12
平成18年6月29日
 開館してまもなく、自転車で日本一周を目指して旅をされている方が冒険館に来館されお話を聞きました。広島県福山市在住の藤井良章さん(29)です。藤井さんは、5年間、新聞記者の仕事をされていましたが今年の2月に退職。「仕事を辞めた今、30歳になるまでに、植村さんが徒歩で日本縦断されたように自分も日本一周、自転車で趣味である写真を撮りながら旅をしてみようと思った」と旅のきっかけを語ってくれました。
 新聞記者をされていたので、日本は暗い事件などが多すぎるといつも感じられていたようです。でも日本にはそんな悪いことばかりではない、温かい人たちがたくさんいる・・・と旅をされていく中で実感されたそうです。
1日に50〜60キロ進まれていて、お風呂は毎日入りたいから温泉のある所の近くでテントを張ったりして休まれているそうです。ご両親には1日に1回は必ず電話されるそうで他にもいろいろ旅のエピソードを聞かせていただきました。
仕事柄、聞き役ばかりだったので、話を聞かれる側になるのは初めて…緊張すると言っておられましたが、本当に話しやすい感じのいい優しそうな方でした。
これから日本海側を通り、北海道から太平洋側を下り、沖縄に行き広島に11月にゴールされる予定です。身体に気をつけてがんばってくださいね。                     (R.O)←今回、初登場です。
写真:笑顔がステキな藤井さん
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 恐竜を見に行こう!
平成18年6月27日
 豊岡市内には、植村直己冒険館のほかに、美術館、博物館がいくつかあります。日本・モンゴル民族博物館もその中のひとつで、4月から『モンゴル大恐竜展』が開催されています。相互応援という事で、お手伝いに行ってきました。
 会場の入口を入ると、二頭のふたこぶらくだがお出迎え…。順路を進むと、中央にド・ドーンと10m級の巨大肉食恐竜、タルボザウルスが!他にも、格闘したまま化石になったという珍しい恐竜の標本もあり、かなりの見ごたえです。
 この日は、老人会の団体様がお越しになりました。展示品の中に、長さ約80cm、直径約20cm程もある恐竜の大腿骨があるのですが、「丈夫な骨にあやかろう」とさすっておられました。ホントですね、肉食恐竜のような強い歯、強い足が欲しいものです(^ ^;)
 記念に、“恐竜の化石発掘セット”を買って帰りました。我が家は、ただいま発掘作業、真っ只中です。
 この、大恐竜展は7月9日(日)まで開催されています。モンゴルの雄大な大自然を感じることができ、ダイナミックな恐竜を間近でご覧いただけます。皆さん、ぜひ足を運んでくださいね! (M.O)
写真: タルボザウルス、今にも動き出しそうな、大迫力!
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 旅人シリーズ11
平成18年6月26日
 今回ご紹介する旅人は、古川保夫さん(65)・保江さん(64)。6月23日、自宅のある東京・品川区を出発、行先も宿泊先も特に決めない“あてのない旅”に出発されました。周囲の方々に“交通事故だけはするなよ!”と送り出されたそうです。
 ここで、発揮するのが、お二人のコンビネーション!旅のルート、訪れる場所、宿泊先は、主に奥さまの担当。そして、車の運転はご主人…と役割分担もバッチリ。ご主人の保夫さんは、ヨットにも乗られ、還暦を迎えられた年、友人と二人で日本一周されたそうです。
 いつまでも好奇心を忘れず、色々なことに挑戦される古川ご夫妻は、直己さんと同年代。直己さん、そして直己さんの奥様の公子さんに共感されるところも多いようです。
 次のようなメッセージを寄せて頂きました。

素晴らしい場所に建設された記念館。偉業を数々こなされ、種々の展示品に心打たれ、改めて感動して帰途につきます。ありがとうございました。

 お二人は、この後一路、飛騨高山へ…ご夫婦の愉快な旅は続きます。
 明るく、楽しいお二人の“熟年パワー”にこちらの方が元気付けられたような気がします。これからも、チャレンジし続けてくださいね!(M.O)               写真: ステキな愛車で、夫婦2人旅
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 植村直己の今日は何の日?【6月20日】
平成18年6月20日
 1968年(昭和43年)、植村直己さんは、アマゾン川6000キロをイカダで下りました。4月20日にアマゾン川の源流に位置するユリマグアスを出発、そして6月20日、終着地マカパに到着しました。現地に住む日系人から「慣れないものが丸木舟で一人で下るのは非常に危険だ、そんな事をして命を無駄にするな!」と止められました。しかし、直己さんはここで不可能とあきらめるのではなく、下る“方法”を探したのです。
 
 (『青春を山に賭けて』より抜粋)
 私は、初志を貫徹しようと決心した。山に登る時と同じ
ように、全精力を傾けてことを成せば、たとえ厳しい河といえども、下れないことはないと思った
。私はそう決心すると、もう完全にアマゾンのとりこなってしまった。 

川岸に打ち上げられた家畜用のイカダを15円で手に入れ、改良することに…。8本の丸太を頑丈な木の皮で結び、その上に床を作り、6本の杭を打ち込んで骨組みにし、ヤシの葉で屋根をふいた、縦4メートル、横2.5メートルのイカダを組みました。そして、いざ!出発です。
 突風に吹かれ、急流に巻き込まれて、危うくピラニアの餌になりかけたり、盗賊に襲われそうになったり、と行く手は困難の連続だったそうです。
こうして、6月20日に終着点に到着。60日間のアマゾン下りをやってのけたのです。(M.O)
(写真:一国の王様気分で川を下る   提供:文藝春秋)
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旅人シリーズ10 
平成18年6月16日
 梅雨とは思えないほどの快晴となった日に、バイクでやって来てくれたのは東京都杉並区にお住まいの永野浩司さん(32)。大学生のとき、休みを利用してふら〜っと旅に出てみようと思い、自転車で日本縦断したのが旅の始まり。今回は、昨年の9月にバイクで日本縦断に向けて出発、今日まで10ヶ月で走行距離約27,000キロ!バイクの両側面には、テントなどの荷物がギッシリ積んでありました。
北海道のとあるキャンプ場に泊まったとき、同じように旅をしている人で、とても気さくで話しやすい人と親しくなったそうです。話を聞けばその人は、この“旅人シリーズ第6弾”で紹介した北海道在住の山口浩さんだったのです!(詳細は2005年12月2日のひとりごと参照)山口さんと「また、どこかで会うかもしれませんね・・・」と言って別れて、お互いに日本縦断の旅を続けていたら、なんと本当に運命の再会が!!久しぶりに連絡を取りあったところ、二人は同じ沖縄にいたのです。偶然の再会にビックリしながら、その晩は同じ宿に泊まって旅の思い出を語り合ったそう・・・。そのとき山口さんに『冒険館には立ち寄ったほうがいいよ』と言われ、名古屋まで帰路についていたにもかかわらず、また引き返して冒険館に来館していただきました。山口さんに感謝感謝です!
永野さんは写真を撮ることが大好きで、目にとまるものがあればすぐカメラを向けられるそうです。そのため、つい何時間でも費やしてしまい、なかなか旅が前に進まないけれど、出会ったことのない風景に会うのがいい・・・と穏やかな口ぶりで旅の魅力を語っていただきました。
今後はとりあえず東京に帰り仕事をして、次は山登りに挑戦してみたいとのこと。装備も切り替えて新たに山岳用の装備を揃えるそうです。これからもいろんな風景と出会い、カメラを向けて撮り続けてくださいね!
追伸:永野さんの情報によれば、山口さんは今“燃え尽きちゃった”症候群にかかっているらしいです・・・そろそろ仕事しなきゃな〜とぼやく毎日!?だそうです。(F.S)    写真:バイクで日本一周中の永野さん
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旅人シリーズ9 (日本のてっぺんで働く旅人)
平成18年6月5日
 軽快にクライミングウォールを進む方を見つけ、声をかけました。北村元気さん(25)、地元日高町出身で、今回は里帰りの際に立ち寄ってくださいました。北村さんは、約3年前から山の面白さを覚え登山するようになり、友達から「富士山の登山ガイドをやってみないか?」と誘われて、登山ガイドを始めました。現在は、登山ガイドをするかたわら、ガイドの仕事がない時は、富士7合目の山小屋で働くという毎日です。2年前までは、強力(ごうりき)さんも経験し、80キロの荷物を上げていたそうです。通りで、筋肉隆々なはずです。
 北村さんが中学生の時に、この冒険館がオープンしたのですが、地元に居る時は一度も訪れたことがなくて…と北村さん。故郷を離れ、山に登るようになり直己さんの偉大さを改めて感じたそうです。次に帰郷した時は、必ず行こう!と思い来館してくださいました。映像でみる、直己さんに感動し涙が出そうになり、直己さんを郷土の誇りに思い、これから山で出会った人たちに伝えていかなければ…と思ったそうです。
 また、北村さんは、百名山にも挑戦中で、現在、34山登られたそうです。
 「富士山に上がる度に感動します、でもそれ以上に、感動するのは人との出逢いです」、山のことを語ってくれる北村さんの目はキラキラと輝いています。
 帰郷の際には、冒険館に立ち寄っていただくことと、これからの山での安全を約束し、身送りました。もし、富士山で北村さんらしき人を見かけたら、声をかけてみてください。実は、私のこの夏の目標は,富士山のてっぺんに立つこと!もしかしたら、北村さんに再会できるかも…楽しみが増えました。 (M.O)
写真:まさに元気いっぱいの元気君
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感動の第10回植村直己冒険賞授賞式
平成18年6月3日
 待ちに待った、冒険賞授賞式の日がやってきました。2月に行われた記者発表から、ずっと受賞者の永瀬忠志さんにお会いできるのを楽しみにしていました。実際お会いした永瀬さんは、日焼けされてがっちりとした方でした。ゆっくりとした口調、温かくやさしさが伝わってきました。
 記念講演では、「リヤカーマン、世界を歩く〜くじけず、あせらず一歩ずつ〜」と題して、これまで30年にも及ぶりリヤカーでの旅の様子を語っていただきました。
 永瀬さんの中でどんどん沸きあがってくる夢、そして夢の実現に向かってゆっくり、一歩ずつ進まれる姿とお世話になった方を思い、感謝の気持ちを忘れない…そんな姿にとても感動しました。
 永瀬さんも、これまでの旅を振り返り感極まり、言葉を詰まらせ、またその姿にこちらも胸が熱くなりました。今年は10回目の記念すべき授賞式でもあり、歴代の受賞者の皆さんもお越しいただき、感動的な授賞式となりました。多くの方々にお力をお借りし、また関わっていただいたことを本当に感謝いたします。 (M.O)
写真:サハラ砂漠でリヤカーをひっぱる永瀬さん (1990年)
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ユリノキの花が咲きました!
平成18年5月23日
 お待たせしました!冒険館のユリノキが、やっとやっと花を咲かせてくれました。今年は昨年より20日近く遅れての開花となりました。冬が長かったせいもあり、やっと咲いてくれた花に、思わず「待ってたよ〜」と声をかけてしまいました。
 風薫る5月、山も木々も花も本当に活き活きとした姿をみせてくれています。冒険館は、6月3日の冒険賞授賞式と4日の「チャレンジと心の交流2006」に向けてラストスパートです。勇気と元気と夢を、この冒険館から発信できるようスタッフ一同、頑張ります! (M.O)         写真:ユリノキの花
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旅人シリーズ8
平成18年5月21日
 久しぶりに旅人来館です!静岡県からお越しいただいた、田中智範さん(21)。田中さんは、’05年7月バイクで日本一周を目指し、静岡県を出発されました。学生時代は、新聞奨学生(新聞配達をしながら奨学金を受ける制度)としてお金を貯め、卒業後、“日本一周”の旅に出ることを決めました。
 この旅では、WWOOF(ウーフ)という制度を利用しての旅のスタイルを選びました。ウーフ???勉強不足の私は初めて、この言葉を耳にしました。WWOOFとは、有機栽培をしている農家や家庭菜園などをしているホスト宅に、1日6時間程度の手伝いをしながら滞在して、農業体験や技術を習得したり、交流をするというもので、ホストは宿泊場所と食事を提供し、労働力を得る、まさにギブアンドテイク。
受入農家の方には、親にはなかなか話せない悩みなどが話せたり…と行く先々での人々とのふれあいは、田中さんのこれからの人生に大きな影響を与えてくれたそうです。
 実は、田中さん、冒険館を訪れるまで直己さんが22年前に消息を絶たれたことを知らなかったそうです。
22年前の2月、直己さんの遭難の後の5月に田中さんは生まれたそうです。ですから冒険館で感動とショックを一度に味わったことになります。
 田中さんは、これから山陰方面に向かい、石垣島を目指します。石垣島到着の際には、必ず連絡をくださいねと約束をし見送りました。“今しかできないことだから”と送り出してくれたご両親にも感謝しながら、田中さんの旅は続きます。(M.O)
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企画展が終了しました。
平成18年5月11日
 昨年秋から開催してまいりました企画展「植村直己心のメッセージ〜妻への手紙〜」が5月9日をもって終了しました。長期間にわたり、たくさんの皆様方にご覧いただけたのではないかと思います。
 手紙を書かれたときには、まさか後々公開されるなんて思っていなかったでしょう。できれば手紙も読み終わったら、破って捨ててほしい、と思われたかも知れません。その点では、植村直己さんに改めて「申し訳ございません」と謝りたい気持ちです。これからも、手紙、スケッチを中心に植村直己さんを紹介していきたいと考えております。これからもご勘弁ください。
 それはともかく、直近に第10回授賞式と記念講演会、10周年記念事業の開催を予定しております。今回は10周年ということもあり、「植村直己冒険賞」歴代受賞者をはじめ、選考委員の先生方をお迎えして盛大に開催する予定です。個人的には、熱気球に乗ってみたいとひそかに思っておりますが・・・。川のイベント、山のイベント、熱気球が登場するなど、さまざまな分野での体験をしてみてください。お楽しみに! (T.F)  
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植村直己の今日は何の日?【5月11日】
平成18年5月11日
 1970年(昭和45年)、5月11日、午前9時10分、松浦輝夫氏とともに、日本人として初めて世界最高峰エベレスト(8848m)の頂上に立ちました。この時、直己さんは29歳。
 エベレストの頂上を目指して先頭を切って登っていた直己さんは、頂上まであと5mというところで振り返り、松浦さんに叫びました。
 「もうすぐ頂上です。先に登ってください」
 直己さんは、先輩の松浦さんに頂上を譲ろうとしたのです。松浦さんは、その気持ちがとてもうれしく、2人は方を並べて頂上に立ちました。
 エベレストの頂上に立てるのは隊員39名の中の選ばれた数人だけです。頂上に立った直己さんは、下で待っている隊員のためにリュックいっぱいに頂上の石を拾い集め、テントに到着したその日のうちに、1つ1つの石に「1970年エベレスト頂上の石」と書いて、次の日隊員に渡しました。
 謙虚で、思いやりにあふれたエピソードです。 (M.O) 
 
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クイズ全問正解!!
平成18年5月5日(1)
冒険館には、お越しいただいた皆さんに挑戦していただくクイズがあります。連休中たくさんの皆さんに挑戦していただいています。その中でも、見事50問クイズに全問正解された二組のファミリーをご紹介します。
      ◆鳥取市
       吉澤 和馬君 (中2)
               ゆうき君 (小2)
    素晴らしい兄弟の連携プレーで見事、全問正解されました。おめでとう!  
      ◆広島市
         福島 ゆうこちゃん
          岳大君
 おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に力をあわせて挑戦してくださいました。おめでとう!
                      
皆さんも、ぜひ、挑戦してください。目指せ!植村直己博士  (M.O) 

 写真: 上:吉澤兄弟   下:福島姉弟  
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ゴールデンウェーク真っただ中!【子どもの日】
平成18年5月5日(2)
素晴らしい天気に恵まれてスタートしたゴールデンウィーク。冒険館も家族連れの皆さん、お仲間同士でお越しいただいた方で賑わっています。
中でも、クライミングウォールは、子供たちに大人気!汗をかきかき、挑戦する子供たち。頑張っている子供たちの姿にシャッターを押されるお父さん、お母さん…微笑ましい光景でした。 
子供たちが大きくなった時、この植村直己冒険館に来た事を思い出し、また家族を連れてお越しいただけたらと思います。もしかしたら、この中から、未来の冒険家が現れるかも…。活気あふれる冒険館です。   (M.O) 写真:未来の冒険家?たち 
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植村直己の今日は何の日?【4月29日】
平成18年4月29日
1978年3月5日、北極点単独走破を目指してコロンビア岬を出発した植村直己さんは、4月29日北極点に到達!単独犬ゾリ行としては世界初の成功となりました。

 4月29日
  さあ、出発だ!最後のひとっ走りだぞ。犬たちにそう声をかけ、8時きっかりにスタートした。極点に立つ喜びも大きいかも知れないが、それより、目の前で犬たちが元気よく走ってくれるのが実にうれしい。厳しい旅で痩せてしまった犬たちが、懸命に橇を曳いてくれるのをみていると、ありがたい気持ちでいっぱいになる。
                  (中 略)  
走るのがけっしてうまくはない、怠けものぞろいだった犬たち。妊娠犬までかかえこんで走っていたとは、まったく仰天した。55日間の探検旅行で、犬がお産したなんていうのは、前代未聞に違いない。
 この弱体チームでよく乱氷を乗越えてきたものだと、われながら思う。あきらめないこと、どんな事態に直面してもあきらめないこと。結局、私のしたことはそれだけのことだったのかもしれない。
                                    植村直己著『北極点グリーンランド単独行』より
−40℃を越す厳冬に加え、白熊の来襲、犬のお産とハプニングの多かったこの単独行を乗り切ったのは、直己さんの“あきらめないこと”でした。  (M.O)   写真:極北を駆けぬけた犬ゾリ
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先輩に学ぶ
平成18年4月24日
 植村直己さんの母校、豊岡高校の一年生230人が来館されました。豊岡高校は、毎年、一年生の集団訓練として江原駅から神鍋高原まで約20kmを歩きます。その行程の中に冒険館も組み込んでいただき、「偉大な先輩の業績、生き方を知る」という目的で冒険館を訪れてくださいました。
 さて、直己さんは、どんな高校生だったのでしょう。池のコイを教室のストーブで焼いて食べてしまったというエピソードが残っています。こんなイタズラも、世界の冒険家のルーツなのでしょうか。
 現代の高校生たちは、直己さんの“人となり”に触れ、どんなことを感じたのでしょう。自分たちの先輩にこんな素晴らしい方がいたという事を誇りに思い、これからの高校生活のおいて、心の支えとなってくれること願います。
冒険館は、2日間の行程の最後だったため、みなさんの足取りも重かったのですが、2日間歩きぬいたという経験が、大きな自信になった事でしょう。豊岡高校のみなさん、お疲れ様でした。そして、これからも頑張ってください! (M.O)   写真:豊岡高校1年生“ゴールまであと5kmだ〜、ガンバレ!”
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お花見をしませんか
平成18年4月15日
 やっと、やっと桜が満開です。人はなぜこんなに桜を待ちわびるのでしょう。つぼみが、膨らんだ!、3分咲き、五分咲き、気になって仕方がない…。桜を見上げながら、桜のある国に生まれて良かった〜と掃除の手を止めてしばらく眺めてしまいました。
しかし、とにかく寒い!毎年、桜の下で敷物を広げ、お花見をするのですが(この時は、やはり“花より団子”ですが…)今年は、あまりの寒さに“宴”も思案中。今日は、あいにくの雨…天の神様〜もう少し桜を楽しませてください!
 写真は、冒険館の南側にある桜です。本当にキレイに咲き誇っています。冒険館のあちらこちらに、春の色が戻ってきました。
ぜひ、お弁当を持ってお出かけください。 (M.O)   写真:桜のトンネル(冒険館南側)
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サクラサク
平成18年4月6日
今朝、ウレシイ春を見つけました。冒険館の敷地内にある池のほとりに1本、山桜の木があります。その山桜が満開となりました。辺りのソメイヨシノよりも一足早く、冒険館に春を告げてくれました。厳しい冬を乗越えて花を咲かせ、冒険館に彩りを添えてくれた山桜…。少しずつこの但馬地方も春めいてきました。
 4月、冒険館に勤務し、丸一年が経ちました。ここでのたくさんの出逢い、心に残る出来事…そのひとつひとつが私の心の支えとなっています。また今年も一段と大きく!?)成長できれば!!と、山桜に誓ったのでした。
『心が体を動かす』、心が沈んでいては一歩が踏み出せません。さあ、春に向かって行動開始!皆さん、春の冒険館にぜひ足をお運びください、お待ちしてまーす!(M.O)
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パワーをありがとう!
平成18年3月20日
  日本縦断プロジェクト、meet japan2006のみなさんが立ち寄ってくださいました。3月5日、日本最北端、宗谷岬を出発し、26日に沖縄にゴールという日程で、『やっぱりいいね、日本。』をテーマにキャラバンを行っています。日本の良さに触れ、日本人に生まれて良かった!と自身が感じ、日本の美しさを伝えたい…メンバー全員が同じ想いで旅を続けられています。
 参加者の1人、牛山たかきさん(20)は、以前1人で日本縦断した時は、日本の表面しか見えていなかったが、今回、仲間と旅をすることで、日本の良さを共に感じることができ、本当にいい旅になりました―、と話してくださいました。
 小雪のちらつく寒い一日だったのですが、パワフルでアツく、とてもさわやかなみなさんが春を運んで来てくださったようで、温かい雰囲気に包まれました。
 この旅の後、またそれぞれの夢に向かって進まれることを願って皆さんをお送りしました。(M.O)


夢を持つこと
平成18年3月19日
 ご来館されたときに、受付でこんなお手紙をいただきました。ご紹介します。
  
  植村直己様
  私は、重度障害者ですが、あなたの生き方と人柄が大好きでした。あなたが山で亡くなるなんて、今でも  信じられません。
  永久に信じられないと思います。
  あなたの本は全て読みました。
  私も夢を持ち続けて、頑張って生きて行きます。生きる力をありがとう。
                               
  ご主人と一緒に、お越しいただきました。冒険館を訪れることを、ずっと楽しみにしていただいていたようで、念願が叶った…ととても喜んでおられました。ご自身で、健常者とのふれあいを綴った作文集を自費出版され、今は第三集の出版に向かって執筆されています。自由が利く、たった1本の指を使って、今はパソコンで原稿を書き上げます。“夢を持ち続けることが人生の支え”と、ご主人はおっしゃいます。車いすの奥さまと、車いすを押すご主人の後姿を見て、一生懸命生きることを教えていただきました。お互いを認め合い、手を取り合って人生を歩む…本当に素晴らしいご夫婦の姿に感動しました。(M.O)


冬に逆戻り〜(><)
平成18年3月13日
 冒険館周辺の雪もすっかりなくなり、ヌー冒(参照:11/18“ひとりごと”、冒険館外の池に住むヌートリア)も活動を始め、すっかり春めいて、♪重いコート脱いで出かけませんか〜と浮かれていた矢先、また今日、雪です。但馬の春は遠かった!!冒険館付近で、20cmの積雪となりました。
 今年から国道の道路情報をH・Pでお知らせしてきました。もう雪は降ることがないと、先日削除したところだったのです。皆さん、ゴメンナサイ!但馬地方にお越しの皆様、タイヤも服装も冬装備で十分お気をつけてお越しください。 
写真:再び、雪かき…                   (M.O)


2005「植村直己冒険賞」決定!
平成18年2月17日
 2月16日、2005「植村直己冒険賞」の記者発表が行なわれ、リヤカーを引き、世界各地を踏破された、永瀬忠志さん(50)に贈られることになりました。
 「植村直己冒険賞」は、植村直己さんの優れた人となりを後世に継承するために設けたもので、自然を相手に創造的な勇気ある行動をした人または団体に贈っています。
 記者発表は、テレビ会議システムで東京会場とここ植村直己冒険館とをつないで行なわれました。直己さんの母校、府中小学校の6年生の子ども達37名と豊岡市の皆さんにお越しいただき、記者発表の様子をご覧いただきました。子供たちからは永瀬さんにお祝いのメッセージが送られました。
 私は、冒険館会場の担当だったのですが、初めての記者発表の雰囲気に緊張しましたが、永瀬さんのゆったりとした口調でこれまでの旅を振り返り、時折胸を詰まらせて会見をされる姿に、こちらまで涙があふれてきました。本当に温かく、人間味あふれる永瀬さんです。6月の授賞式でお会いできることを、今からとても楽しみにしています。(リヤカーでの登場をひそかに期待しているのですが…) 
 「植村直己冒険賞」は、今回で10回目を迎えました。これまで植村直己冒険賞を支えていただいていた関係者の皆さま、報道関係の方もたくさんお越しいただき、改めて植村直己冒険賞の大きさを感じました。                                           (M.O)    (写真:冒険館会場の様子) 


2月12日、天候 雪…
平成18年2月12日
                           今日、2月12日は、植村直己さんの誕生日です。43歳の誕生日に厳冬期のマッキンリーに単独登頂成功し、直己さんの名はさらに世界に知られる事となります。しかし、翌日、取材のセスナとの交信を最後に消息を絶ってしまったのです。健在ならば65歳。今もなお、更なる目標に向かって冒険を続けておられたことでしょう。今日の冒険館も直己さんを追悼するかのように雪が降っています。
 冒険館では2月10日からメモリアル展を開催しています。お越しいただいた皆さまに直己さんを偲んでいただき、ご自身の22年前を振り返りながらご覧いただきたいとの想いで企画いたしました。どうぞ、ご来館いただき私たちと一緒に直己さんを惜しんでいた
    マッキンリーに眠る植村直己    だけたら幸いに思います。(M.O)
     〜見果てぬ夢を残して〜


Naomi is great !!
平成18年1月27日
 日高町と姉妹提携を結んでいたニュージーランドのタウマヌイ高校の生徒さん8人と2人の先生がこのほどホームステイのため日高町を訪れ、冒険館にも来館されました。映像や装備品などをとても興味深くご覧いただきました。NZといえば、世界で最初にエベレストに登頂したエドモンド・ヒラリー氏が浮かんできます。引率の先生からも生徒さんにヒラリー氏について説明されていました。「No.1、エドモンドヒラリー。No.2、ナオミサン」 やはり祖国の英雄を誇り思うことは万国共通ですね。世界を代表する偉大な冒険家を共通点に交流が出来たことをうれしく思いました。このあと、地元の中学校で授業に参加し、神鍋高原の温泉につかり、明日はスキーを楽しむ予定だそうです。冒険館をはじめ、日本の良さにたくさん触れていただきたいですね。(M.O)


旅人シリーズ7
平成18年1月22日
 1月19日ご来館されたお客様で、団体のお客様に混じってひときわ熱心に展示物等ご覧いただいているお客様がいらっしゃいました。「どちらからお越しいただきましたか?」と聞くと、熊本の方で、年末の27日に出発し、上高地からの帰りということでした。冬山登山?興味津々にお話しを聞いていくと、槍・穂高中心に登山をしておられるとのこと。冬山…経験した事がないだけに、寂しくないですか?寒いでしょう?些細な質問にきっとあきれられたと思いますが、冬山の醍醐味、楽しさを色々と聞かせてくださいました。上高地・大正池の近くにテントを張り、一人焼肉パーティー…05年からは、コンロとフライパンを持っていき、そこで焼肉をするというスタイルだそうです。ピンと凍てついた空気にフワ〜と焼き肉の匂い。想像しただけでも…。近くにテントを張っていた方を接待、楽しいひとときを過ごされたようです。
 「 『冒険とは生きて還ること』、冬山をやる時、この言葉を思い出すことにします。」と。これからもどうぞお気をつけて冬山を楽しんでください。 (M.O)
写真:大正池で焼肉!!
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直己さんが消えた2月…
平成18年1月21日
 今年の冬は12月から近年にない大雪になりました。もうすぐ直己さんの誕生日の2月を迎えます。そして消息を絶たれた2月でもあります。22年前の豪雪はもっとすごかったそうです。直己さんの最後となった冬期単独マッキンリー登頂、そして遭難…。私たちは、特別な想いでこの2月を迎えます。登頂から、遭難、捜索に至るまでをお越しいただいた皆さんにお伝えしたいと、現在企画中です。捜索の模様の映像、本などを見ていると、今さらながらに本当に亡くなってしまったのか、なぜ?どうして?と切ない想いでいっぱいになります。 “冒険とは生きて還ること…” 直己さんの言葉が、胸を締めつけます。  (M.O)
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迷路!? 完成
平成18年1月6日
 冬休み、ご家族連れでお越しいただく方が多く、何か子供さんが楽しめることを!と思い、雪が降り積もり今まで手付かずだった中庭に迷路を作りました。中庭は吹き溜まりという事もあり、積雪は80センチもあり掘り進めるのは一苦労…二時間かけてやっと完成しました。クライミングウォールも除雪完了!皆さん、楽しんでくださいね。
 今朝の冒険館付近の気温は、なんと−3℃! 寒いやら、冷たいやら、痛いやら…門松もカッキ―ンと凍りついた朝でした。−3℃で驚いていたら直己さんに笑われますよね。この寒さにはへこたれそうですが、『何事にもひたむきに一所懸命』に頑張ります。次は、カマクラを作ろうかな〜(M.O)  写真:迷路が完成した
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新年明けましておめでとうございます。
平成18年1月5日
 
新年明けましておめでとうございます。昨年中は各方面の皆さまに大変お世話になりありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 いよいよ、2006年がスタートしました。12月初めから来る日も来る日も雪が降り続き、年末やっと雪が落ち着いたかと思われたのですが、仕事始めの今日また大雪になり除雪から今年の仕事は始まりました。天から降ってくる雪を、うとましく思わず楽しいことを考えようと中庭にカマクラと迷路を作ろうと思っています。
 今年も、前向きに、プラス志向で!いけたらいいな…と年頭にあたって密かにこっそりと思うのでした。
今年も皆さんに支えていただきながら頑張ります、皆さんどうぞよろしくお願いいたします。冒険館は、2005年植村直己冒険賞に向けて走り出しています! ワンっっ=3 (M.O)     写真:雪化粧したユリノキ並木
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